1.現在、神器を開発しています
お読みいただきありがとうございます。
本編後の物語、開始です。
時系列的には、第6章79話の続きになります。
◆◆◆
遠くでゴロゴロと雷鳴が轟いている。獣の吠え声のごとき烈風に煽られ、雨滴の弾丸が虚空の中を吹き荒ぶ。天を覆うは分厚い黒雲、狭間から駆け落ちる閃光は鮮碧。
生きとし生けるものを根こそぎ蹂躙せんとする自然の大牙の中、アマーリエは一心に疾る。
(お、重いっ……!)
雨水をこれでもかと吸い込んだ髪や衣はずっしりと体にへばりつき、力走しても軽やかに翻ることはない。常人であれば唇まで青く染まる低温の中、手に持った玉だけが焼けるように熱い。
《アマーリエ様、神器の出力をお上げになって!》
念話を飛ばして来たのはリーリアだ。轟音で肉声がかき消されるためだろう。
《わ、分かっているわ。けれど、もう全力に近いのよ……》
激しく明滅する玉を一瞥して答えた時、星が落ちるように爆雷が輝いた。呼応するように玉が眩く発光し、火花を散らしながらビキリと亀裂を生じさせた。
(あっ)
瞠目する先で、一筋の裂傷は瞬く間に全体へと広がっていく。
《オーバーヒートした! 玉を手放すんだ!》
フロースの指示が飛ぶ。普段の静けさとは対照的な声だ。同時にワインレッドの髪が視界に踊る。力強い腕が玉を取り上げ、威勢良く遠くへ放り投げると、ずぶ濡れのアマーリエを軽々抱き上げて跳躍した。
一瞬後、宙を舞う玉が盛大に爆発し、莫大な熱量を凝縮させた衝撃波が大気を焼き焦がしながら四散した。
「きゃーっ」
思わず悲鳴を上げるアマーリエの脳裏に、喜悦と呆れを入り混じらせた苦笑が響く。
《ふふ、残念。かなり良くなったが、まだまだ改善の余地ありだ》
《ラ、ラミルファ様〜》
情けない声で念話返しをする視線の先で、灼熱の神炎が放射状に炸裂し、紅蓮の輝きが爆発と衝撃波をもろとも消しとばした。
◆◆◆
「アマーリエ様、きちんと髪と体を乾かして下さいませね」
見るからに上質そうなふかふかのタオルを携えたリーリアが、心配そうな顔を向けて来る。
現在は一時昇天期間の只中だ。フレイムの神域の一角に、地上の屋外を模した空間を創り、そこで神器創生のための試行錯誤を行なっている。
『体が冷えたでしょう』
『見ているだけで寒そうでした』
『少し休んだ方が良いよ』
万一にも危険がないようにと見守ってくれていたアシュトン、フルード、そして当波が美貌を曇らせている。静けさを取り戻した場で、アマーリエは文字通り濡れ鼠の状態で佇んでいた。
「これでも聖威師なので大丈夫です。ありがとう、リーリア様」
タオルを受け取る前に髪を軽く絞ると、ジョバジョバと水が流れ落ちた。それを眺めるラミルファが口元に袖を当てて目を三日月にした。
『ふふ、君は人間から滝に存在形態を変更したのかい? フレイム、お得意の炎で乾かしてやれ。アマーリエは君と違って馬鹿ではないから、ずぶ濡れのままでは風邪を引いてしまうかもしれない』
『言われなくてもやるわ。つかお前、遠回しに俺を腐してねえか?』
ジト目で末の邪神をひと睨みしたフレイムが、そっとアマーリエを抱きしめた。燃える輝きに包み込まれ、濡れそぼっていた全身が一気に乾く。赤い神威は冷え切った体に染み渡り、芯からじんわりとした温みが広がっていく。
(あたたかい)
ほぅと息を吐いたアマーリエは、そっとフレイムの胸に頬ずりした。
「ありがとう、フレイム」
『良いってことよ。神器もだいぶ保つようになって来たな。高位の神が複数がかりで起こした天災にも、ある程度は耐えられるようになってる』
「けれど、雨風や雷に神威を纏わせてはいなかったのでしょう? 御稜威で出現させたというだけで、現象自体は普通の雨と風、雷だったのですよね」
『うん。神威を帯びさせるまではしていないよ。神罰や神怒ではなく、自然災害を想定して発生させたものだから。だけど、私たちが直々に起こした現象だから、自然に発生する天災よりはずっと強力だったはずだ』
落ち着いた声でフロースが補足してくれた。
「そうですか……少しずつ進歩はしているのですね。前途多難ですけれど」
『一歩一歩でも改良していくしかない。もちろん、神器を創る私たち神側も一緒に。創造は想像なんだよ。神器創生は特にそうだ。細部まで想起すれば、それだけ具体性があってしっかりした神器ができる』
自分たちが得た最後の猶予は500年。その時を迎えるまでに、聖威師が担う主な役目を代行できる神器を作りたい。作らなければならない、という義務はない。地上は遥か遠くに人間の領分となった。人の世で起こることは人が自己責任で管理対処するものだ。
だが、それでも可能な限り手助けをしたいと思うのは、いつの世の聖威師も同じ。自分たちが行う主たる務めは、まず神鎮めと神器鎮静。それから、甚大な天災や地下世界からの猛威への対処。
神鎮めに関しては、三千年以上継続していた神怒が消えたため、ひとまず解決した。今後も人間の不手際や落ち度等で単発の不興を買うことはあるだろうが、それは人間自身に都度対応してもらうしかない。
残るは神器の鎮静と天災等への対処だ。先程大爆発し、フレイムに豪快に燃やされた玉は、後者の試作品である。
ありがとうございました。




