77.三千年の因果が終わる時
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《あの時は私たちも拍手してたんだよ。ティルお義兄様はナイススピーチ! グレイトサンゴッデス! って褒めてたし。私もそう思う〜、さっすがー!》
「……!」
日香の声で、アマーリエは現実に引き戻された。
《い、いえ、ですからスピーチというほどのものではありませんでしたので》
(というか、太陽の女神って……私は太陽ではなく火なのだけれど)
心の中でこっそりツッコミながら周囲を見回すと、滞留継続派が手を降ろしているところだった。回想が脳裏を駆け巡っていた時間は、ほんの一瞬だったようだ。
『では、帰還賛成の者は挙手しなさい』
告げた風神が、真緑の双眸を巡らせる。そして、ふと唇を緩めて聞いた。
『帰還賛成の者。――誰も手を挙げないの?』
再度の確認にも、状況は変わらない。穏やかな空気が満ちた場には、一本の腕も上がらない。
《やったね、アマーリエちゃん》
日香が言う。先ほどよりもずっと優しい声だ。フレイムたちも胸を撫で下ろしている。リーリアは感極まったように口元を抑えていた。
ランドルフが無意識のように唇を動かす。まるで夢を見ているかのごとき顔で。
「聖威師の滞留が終われば、大公家と一位貴族の存在意義も無くなる。我が愛しき狂気の家系に終焉の道筋が付いた……」
当利と祐奈、ルルアージュが万感の思いを込めた目でそれを聞いている。胎児の――下手をすれば受精卵の頃から徹底教育を施される異常な家系。己の生家のことを、彼らは心から愛し、誇りに思い、そして狂っていると認めていた。見れば、アシュトンや当真、恵奈、ライナスに当波も、同じような顔でぼんやり虚空を眺めている。
(ありがとうございます)
アマーリエは心から神々に礼を言った。あの訴えを聞いた後、帰還派の多くは尊重派に変わってくれた。どうしても帰還賛成派から変われない、すぐに還って来て欲しいという者も、せめて表決権を放棄すると言ってくれた。最大限の譲歩をしてくれたのだ。ゆえに、高次会議では帰還派は挙手しないということは、内々の情報として事前に伝えられていた。
見れば、水神と禍神も手を挙げていない。やれやれと言った苦笑いを浮かべ、慈愛深い眼差しで神々を眺めている。その表情の意味するところはアマーリエには窺い知れないが、彼らには彼らの意図があるのだろう。
『では、聖威師の地上滞留は継続とするわ。ただし、事前の要望書が可決されているから、継続の期限は500年後までよ。500年が経過した時点で、滞留は終了となります』
風神が締めくくり、参列していた色持ちの神々から了承の声が返る。終わった終わったとばかりに席を立つ高位神たちを、聖威師たちは立ち上がって見送る。アマーリエも頭を下げた。
地上番をしているミンディたち、そのフォローで同行しているラモスとディモスに多重念話をし、結果を伝えると、全員から安堵の返事が来た。
《落ち着くところ落ち着いて良かった、主。こちらも特にアクシデントは起こっていない。皆、頑張ってくれている》
《ご主人様方ならばきっと乗り切って下さると信じておりました。今後のことも、私たちにできる限りお手伝いいたします》
《ありがとう、ラモス、ディモス。あなたたちがいてくれたから、ミンディたちに地上番を任せても安心していられたのよ。これからも一緒に頑張りましょう》
頼りになる家族たちに謝辞を述べ、念話を切る。その間にも、日香との念話は繋がっており、元気な声が届けられている。
《緋日神様と翠月神様……皇祖と帝祖って言った方が分かりやすいかな……も、感慨深そうにしてたよ。三千年以上続いた因果を終わらせたのが年若き神々だとは、って》
眠り神の多くが目覚めたこのタイミングで聖威師を一時昇天させ、神々の愛情と機嫌を急上昇させたところで説得すれば、もしかしたら怒りを大幅緩和できるかもしれない。最高神及びブレイズと葬邪神、疫神はその予想を立てていた。ゆえに神会議の開催を決定し、それにかこつけて聖威師たちを天に来させた。
至高神にもそのことは伝えられており、上手くすれば天威師の役目が終わるやもしれぬと思っていたのだ。だが蓋を開けてみれば、顕現してから幾らも経っていない幼き神々がほぼ同じ方法に辿り着き、先んじて動き出し、最古神のバックアップを受けながらとはいえ、それをやり遂げた。その事実に、至高神も含む太古の神々は全員が舌を巻いている。
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