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76.神々が一つになった時

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆



 ――本当に、長くてもあと500年で終わりにするのね?



 アマーリエが聖威師を代表して挨拶を述べた後、口火を切ったのは帰還派の一柱だった。覚えがある顔だと記憶をさらってみれば、確か5年前に会っていた。帰還派の神々が天堂に雪崩れ込んで来た際、アマーリエの袖や腕を引っ張った神だ。


 フレイムたちの説得により、神々の人間への怒りはほぼ鎮火しているという。かつての怒れる神たちに残っているのは、純然たる心細さと覚束なさ。



 ――早く還って来て欲しいのよ。可愛い同胞たち。あなたたちがいるべき場所はここなのだから



 そう告げる神は、怒りでも不満でもなく、ただ不安と悲痛さだけを宿していた。どうして天ではなく地上にいたがるのか、自分たちより人間の側の方が良いのかと。同族をとことん愛する神は、身内から疎まれることにこの上ない痛みを感じる。

 見回してみれば、集った帰還派は一様に同じ目をしていた。瞬間、アマーリエの胸が激しく疼いた。大切な同胞を傷付けてしまったと、魂が泣いている。違う、違う。そうではない。



 ――もちろん分かっております



 アマーリエは声を張り上げた。神々が、天が嫌なのではない。嫌いなのではない。人間を、地上を選んだわけではない。懸命にそう訴えた。

 分かって欲しかった。聖威師たちは神格を得て以降、本気で同胞を嫌悪したことなどただの一度もないのだと。それを知って、安心して欲しかった。笑って欲しかった。



 ――私たちは必ず、あなた方が……愛する身内がいる天に還ります。ただ、聖威師は人間界にたくさんの荷物を置いています。まだ整理し切れていないもの、散らかしてしまっているものもあります。それらをできる限り綺麗にして、晴れやかな心で還りたいのです


 ――その綺麗にするための時間が、今後の500年だと思っています。心身共に軽く還ることができるよう、準備をさせて下さいませんか。私たちの家である天界に、大好きな家族である神々の懐に、笑顔で還りたいのです。本当に、ただそれだけなのです



 神々は押し黙っていた。ごまかしがきかない神の眼は、アマーリエの言葉ではなく、内面の心を視ていた。同胞のことを愛しているのだと分かって欲しい、ただその一心でほろほろと涙を流す魂を。同じく透明な雫が、両目からも溢れている。焔神の心を射止めた、清洌な青い瞳から。その澄み切った美しさに圧倒されている。


 だが、それはアマーリエも同じだった。胃が出そうという言葉は嘘ではない。神々の帯びる御稜威の前で、今にも倒れそうだった。その時、側で見てくれていたフルードが足を踏み出し、アマーリエの隣に立った。



 ――私たちも協力します。この子たちが顔を上げ、胸を張って天に還れるよう、直近の先達として手を貸します。そしてこの子たちは、昇天した暁には次の代に対して私たちと同じ行動をするでしょう。次の代は、さらに次へ。地上にいた時期が重なっていれば、互いに知己ですから、連携も十分に取れるはず。案じずとも、聖威師たちは必ずや私たちの懐に戻って来ます。私たちとて、こうしてきちんと天に還って来たでしょう



 フルードの後ろには、アシュトンを始め、近しい先代と先々代の元聖威師たちが並んでいた。今の彼らは、天の神よりも元聖威師という面を前面に出し、共に立ってくれている。

 新旧の聖威師たちの中でも直に繋がる世代が、一丸となって帰還に向けての段取りを整えると告げる。その関係は今後500年続いていくだろうとも。


 沈黙を破ったのは、パンパンというどこか気怠げな音だった。皆が視線を巡らせると、やる気がなさそうな様子で壁際にもたれていた青年姿の疫神が、両手を打ち鳴らしている。



 ――中々の言葉だったではないか。毎日つまらん中、少しは退屈しのぎになった。帰還賛成派としては納得できん部分もあるが、雛たちの心は伝わった



 ダランと脱力した肢体を壁に寄りかからせ、隣に佇む人身姿の狼神を見る。



 ――滞留規定が定められてより数千年以上の時が経過しているのだ、人間界に置いている荷も膨大なものになっているだろう。荷造りに500年くらい必要とするのも、まぁ頷けんことはない。非常〜〜〜に不本意だが、小さき雛たちが頑張ったのだ。ここは寛大なところを見せてやろうではないか。なぁハルア


 ――……あなた様はやはり本当は尊重派……いえ、何でもありません。ええ、そうですな。今すぐ還って来いと言いたいところですが、片付けと整理整頓は大事です。聖威師の先達だけでなく、主神や有志の神々も助力してやれば良いでしょう


 何故か一瞬だけジト目で疫神を見たような気がした狼神だが、フルードが袖を引くと、即座に朗らかな笑顔になって言った。さらりとフレイムたちが協力することも織り込んで話を進めてくれる。



 ――雛たちよ、承知した。ただし土壇場になって、まだ片付いていない、まだ準備不足だと泣き付いても、決して延長はせぬぞ。中途半端であろうが準備ができていなかろうが、期限の瞬間が来た時点で滞留は終了だ。それで良いな。正真正銘、最後の500年であると心せよ



 帰還派の神々が息を呑んだ。自分たちの派閥の筆頭である二神が、そろって承諾したのだ。

 疫神がいかにも面倒臭いという表情を浮かべ、再度おざなりに手を叩く。それを横目で睨んだ狼神も、仕方なしと言わんばかりに同じ動作をした。重ねるように、よくやったという顔をした葬邪神とブレイズ、フレイムとラミルファが続く。ルファリオンと戦神、魔神もにっこにこで倣っている。


 そして、彼らを後押しするように、フロースとウェイブ、時空神が微笑み、高らかに手を打った。穏健派――帰還賛成派である彼らが、尊重派と一体になって同じ動きをしている。それに引き寄せられたように、両派の神々が動いた。凪の水面に落ちた滴が波紋を描くがごとく、拍手が場に広がり、一つになっていく。それは何よりも雄弁な承認だった。


 よしっとばかりに顔を見合わせるフレイムとラミルファを、ブレイズと葬邪神、最高神たちが静かに見ている。疫神と狼神も。そして、超天の至高神たちまでも。


 だが、目の前のことで精一杯のアマーリエは、彼らの様子には気付かない。神々から向けられる温かな神威と愛しさを帯びた眼差しに包まれ、その目からもう一度、ポロリと涙を転がり落としていた。

ありがとうございました。

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