73.ある精霊の独白 後編
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(俺はフレイムを恨んだ。俺だってフレイムを励まして、きちんと保険をかけていたのに、何で声がかからなかったんだと)
自分も慌てて今までの方針を転換した。フレイムを虐めていた者たちを、当事者の目前で非難し、自分はずっとフレイムの味方で密かに励ましていたと声高に喧伝した。おかげで、その当事者たちには物凄い目で睨まれたが、どうでも良かった。フレイムが高位神になった今、アイツらにはもう何の力もない。待ち受けているのは破滅だけだ。
日和見主義だろうが風見鶏だろうが、言いたい奴は好きに言えば良い。強い存在に尻尾を振るのは弱者が生き残るための方策だ。それでもフレイムは自分を使役にしてくれず、徒労に終わった。
(だが、必死で冷静になり、自分を納得させた。あれは、配置換えされそうな愚鈍たちを救済する措置でもあったはずだ。だったら、優秀で頭が良い俺が選ばれなかったのも仕方ない)
時間はいくらでもある。次の機会を待てば良い。次はきっと、自分が引き抜かれて従神になれると己に言い聞かせた。
(また機会が巡って来る。そう信じて待ち続けた。その機会がようやく来たんだ)
入った部屋の中は、簡易な謁見室になっていた。炎を象った左右対称の装飾品が、室内の左右に均等に置かれている。奥にある一段高くなった場所には豪奢な椅子が置かれているが、主はまだ来ていない。それで良い。主神を待たせるわけにはいかないので、使役の自分が早く着くのが当然だ。
段の下、椅子の前に端座し、いつ主が来ても良いよう準備する。
(このタイミングで呼ばれたのは、おそらく配置変更の希望が通ったからだ。この前提出して、そろそろ可否が決まる頃だ)
精霊は、数年に一度、配置変更の請願を出すことが認められる。通るか否かは神々の御心次第だが。フレイム付きへの変更をずっと出し続けていたのが、今回ようやく通ったのだろう。多くの使役がフレイムに付きたいと望む上、元からフレイム付きの者は変更希望を出さないため、非常に狭き門だが、突破できたようだ。
(フレイムの使役にさえなれれば……早ければすぐ、精々数百年真面目に仕事してやれば、従神に上げてもらえるだろう。俺は仕事が早くて優秀なんだからな。そうだ、俺はもうすぐ神格を得られる)
先程の精霊たちがこちらを睨んでいたのは、それを察して羨んでいたに違いない。自分の推測に根拠のない確信を抱きつつ、ああそうだ、と思考を別のことに切り替える。
(神格といえば、ヨルンもバカな奴だった。アイツは元々抜けているところがあったからな。灼神様の衣を渡す際、とても大事な物だと説明したのに、大饗の宴の忙しさにかまけて結界も張らずにノコノコ持ち運んで汚した。あの時も肝が冷えた。下手をすれば俺にも責任が及ぶというのに)
結果的には、フレイムとアマーリエが来てくれたおかげでことなきを得た。あの時に流した冷や汗の感覚は、今も克明に思い出せる。フレイムはあの後、汚れてしまった灼神の衣をきちんと復元して届けてくれた。
ヨルンにしろマイカにしろ、愚か者の分際で有能な自分の足を引っ張らないで欲しい。
(極め付けに、神格欲しさに煉神様の火を盗み出して神域に放火し、聖威師を危機に晒した。愚かすぎる。俺みたいに、時間はかかっても安全で確実な方法を取れば良い。フレイムの使役になって従神を目指すのがベストなんだ)
肌を灼く熱風が吹き荒れた。主神のお出ましだ。刻限はぴったり。すぐさま頭を床に付けて平伏する。
『灼神様。お呼びと伺い、馳せ参じましてございます』
『早速だが本題に入る。お前に配置転換を命じる』
灼熱の神が、凍えるように冷たい声で言い放った。挨拶も慰労も無駄話も一切しない、必要最低限の言葉。内心で拳を突き上げる。
(やはり変更希望が通ったんだ。やった……やった!)
これで自分も神への一歩を踏み出せる。先にフレイムの使役になっている精霊たちごとき、すぐに追い抜いてみせる。最高神に準ずる選ばれし神の神使も、上位の者は箔付けの神格を賜る。まずはそれを第一目標にし、最終的に従神になるという道も良いかもしれない。
(フレイムもすぐに俺の優秀さを実感するだろう。一日も早く従神に選ばれ、誰よりも高い神格を授かるんだ)
訪れると信じている輝かしい未来に胸を膨らませながら、灼神イグニスが続きを発するのを待つ。『お前を焔神付きに変更する』という、至福の託宣を。果たして、柘榴色の神威を纏う主神は告げた。
『お前を青薔薇の神の下働きへと変更する』
『…………え?』
理解が追い付かなかった。聞き間違いだろうか。目の前の神は、今何と言った?
頭の中でぐゎんぐゎんと音が鳴り、見つめた床が揺れている。
『――――青薔薇神様……にございますか?』
『ああ』
(そ、んな……ど……どうして)
ありがとうございました。




