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71.ある精霊の独白 前編

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


(はぁ。バカ。バカ。バーカ。皆バカばっかりだ)


 煌びやかな天界の裏側。豪華な内装も瀟洒な装飾もない、簡素な空間を歩く。


(考えが浅いからやられる。知能が足りないから落とされる。隙を見せるから嵌められる。この世界では賢い奴が勝つ。バカは惨めに散っていくだけ)


 シンと静まり返った通路は、どこか肌寒く重苦しく感じた。


(精霊は元人間の神使みたいなツテをほとんど持たない。迂闊な行為をすればドン底に真っ逆さまだ)


 人間、つまり神官であった使役は、元聖威師の神から何やかやで目をかけられる。少なくとも、精霊や霊獣などと比べれば遥かに気配りしてもらえる。

 また、大公家や一位貴族に生まれて徴を発現しながらも、神に見初められなかった者は一般の神官となり、死後は神使として天に上がる。彼らは自身の近縁に神格持ちがいるため、元人間の神使たちは彼ら経由で神とのコネクションを得ることができるのだ。人間への愛着を失った聖威師も、自身の親子兄弟や近親への愛は維持しているので、肉親の声には耳を傾ける。

 ゆえに、元人間の神使は使役界の中では立場が強い。吹けば飛ぶような下位精霊に比べれば、十分に恵まれているのだ。


(俺たち精霊がこの世界でのし上がるには、どうにかして神の仲間入りをするしかない)


 一歩表に出れば、そこはもう奇跡と魅惑に満ち溢れる神々の園。壮麗な回廊の隅を遠慮がちに進む。


(俺ももうすぐ真ん中を歩けるようになる。神格さえ得られれば)


 途中で神々にすれ違うたび、立ち止まって深く頭を下げながら思う。


(ずっと邪魔だと思っていた奴らを潰せた。オウルとウィーダ。前から気に食わなかった。優秀な俺と同じくらい頭の出来が良くて、風神様お気に入りの天馬の世話を任され、神使への昇格はほぼ確定とまで言われていたんだからな)


 天馬の世話は、基本的に下級の雑用係が行う。ただし、最高神の愛馬を任されているとなれば話は別だ。相当な信頼と評価を得ている証であり、下働きの中では花形の役職とも言える。


(風神様の神使になれば神格を賜る。俺との差が、取り戻しがきかないくらい大きくなる。許せなかった。だから、石柱の紐を切って天馬を暴走させた)


 そろりと顔を上げ、他の神が来ていないことを確かめると、再び歩き出す。


(正しくは俺が切ったんじゃなく、ちょうど近くにいたマイカを操って、遠隔で切らせたんだけどな)


 穏やかにそよぐ風には神威が混ざっている。キラキラと輝いて天界を照らす光は、そのまま神々の御稜威なのだ。


(俺が精霊として生まれてからもう千年になるか。その間、利用できそうな奴を見つけては、心の奥底に洗脳霊威を植え付けていった。他の精霊に気付かれないよう、少しずつ少しずつ時間をかけて。精神操作系の作業は得意だったしな)


 神々は何事もなければ、個々の精霊をいちいち注視したりなどしない。大精霊やその補佐たる副大精霊、最高神の神使など、神格持ちの精霊にバレないよう気を付けながら、巨大なスポンジに根気強く水を一滴ずつ落としていくように、ジワジワと洗脳を強めていった。


(数百年の時をかけ、完全に洗脳が完了した精霊が何体かいる。合図一つで即座に俺の傀儡(かいらい)と化し、如何様にでも操れる。マイカもその内の一体だ)


 自分の思うままになる手駒を密かに確保しておけば、いずれ何かの形で利用できると思い、コツコツ進めて来た甲斐があった。


(大饗の宴の日、オウルとウィーダが世話をしている天馬に聖威師たちが乗っていた。それを遠目に見かけた時は好機だと思った。ここで天馬の動きが乱れれば、憎らしいあの二体は面目丸つぶれで大失態。大幅に降格だ)


 そう目論み、マイカを操った。送った合図で速やかに自我を失った彼女は、命令通り忠実に動いてくれた。仮に、石柱の剣が落ちた原因を調べようと後で過去視をされても、霊威で視えるのはマイカが紐を切る光景だけ。彼女の深層部分で自分がこっそり命令を出していた事実までは把握されない。


(だが、天馬の暴走が予想よりずっと激しかった。よりによって森の奥に――あの穴がある方に走り出すとはな。あれは俺も本気で焦った。聖威師にもしものことがあれば、神々が激怒し直々に原因究明に乗り出す。神威で調べられたら全部バレて終わりだ)


 精緻にして神秘の空間を進み続け、辿り着いたのは赤い門。自身が仕える神の領域へ繋がる扉だ。


(気がはやるあまり冷静さを失ったと、自分を責めた。散々見下していたバカ共と同じになってしまったと。だが、神自身が出張ることはなく、調査を命じられたのは使役たちだった。霊威ならどうにかごまかせる。俺は首の皮一枚繋がった)


 結果論だが、聖威師たちに実害がなかったことが幸いしたのだ。怪我でも負っていれば、神が自ら捜査を行い、万事休すとなっていただろう。


 門を抜けて神域に入り、主神の神殿へ足を踏み入れると、両脇の壁に均等に設えられたランプの中には、柘榴色の炎が煌々と燃えていた。


(傀儡にした精霊たちに植え付けた洗脳霊威は、いざという時は即座に完全消去できる仕組みにしている。残滓も痕跡も残さず綺麗さっぱり消せる。何百年もかけて完成させた仕込みが一瞬で水の泡になるが、安全第一だ。俺はすぐにマイカから洗脳霊威を削除した)


 これで、マイカを調べられても自分の影は見付けられない。

 もしもの時の備えをしておいた自分を、心から讃えた。天馬の暴走では少しばかり失敗したが、俺はやはり賢いじゃないかと。


(しかもだ、マイカはマイカでバカな真似をして勝手に自爆してくれた。嫉妬に狂って委任状を盗るなんてな。精霊たちはもう誰も、あのバカ女の言うことを信じない。天馬暴走の件は知らないと主張しても、立派な前科が付いた者の言葉には耳を貸さない。俺にとっては好都合極まりない展開だ)

ありがとうございました。

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