66.終わりへと向かう
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『もう終わらせよう。結論から言うと、そういう話だよ』
末の邪神の言葉はいつもながら唐突だ。これが通常形態なので、もう慣れたが。
「はあ……ええと、終わらせるとは何をでしょうか?」
アマーリエは聖威師を代表して口を開く。神苑にそよぐ風に乗って、咲き誇る花の甘い香りが漂って来た。
『順番に説明しよう。聖威師の滞留に関して、神々が対立している状況を終わらせよう、ということだ』
上座に腰掛けるラミルファが再び口を開いた。隣では、人身姿を取った狼神が悠然とカップの取っ手を弄び、薄い笑みを浮かべている。
『僕は聖威師の意思に添いたいと思っている。だが、神は天に在るのが原則だ。強引に特例を捻り出し、神格を抑えて滞留するという歪な状態を、いつまでも続けることは好ましくないとも思う。今までそれでズルズルと来てしまったとしても、どこかで終止符を打つべきだ』
「仰せのことは理解できますが……どうやって区切りを付けますの?」
アマーリエの隣に座るリーリアが問いかけた。フレイムが狼神を見る。
『狼神様、お願いします』
『はいはい。――私は最古の神の一柱として、聖威師が誕生してから現在に至るまでの経過を見て来た。つぶさに、とまでは言わずとも、大まかな流れは把握している。それを整理しよう。既知の事も多いと思うが、しばし辛抱して聞いておくれ』
最古神たちは、人間の世界の数量単位では到底表し切れぬ星霜を在る。時間という概念が生まれるよりさらに前、始まりすら無いに等しい久遠を掌握する、まさに森羅万象の生き字引だ。
『まず、まだ神と人が共存し、神が天と地を行き来していた頃から、聖威師という存在はいた。神人が混ざり合っているとはいえ、神は人に対して過剰に介入しないという暗黙の了解もあった』
現在のように規則化されてはおらず、相当緩いものであったそうだ。それでも無言の慣例があるため、神格を得た元人間は、神になる前と同じように人に関わり、その力になることはできなくなる。
それを歯がゆく思ったのが、人間の中で初めて神の寵を受けた者たちである。悩んだ彼らは、元々人間として持っていた寿命が残っている間は神格を抑えて擬人化し、人に関与できる範囲を増やすようになった。それが聖威師の始まりであり、彼らが後代において原初の聖威師と呼ばれている由縁でもある。
『やがて人間が神から独立し、神人分離として両者の領分を天地に分かつことになった時、特例として滞留規定の原型が作られた』
『人間として持ってた寿命を全うするまでは、神格を抑えて人の領分である地上に留まるってヤツですね』
『左様です、焔神様。むろん原型ですので、現在とは大きく異なる部分も散見されますがな。その後数千年の歳月の中、滞留規定は幾度も改定を繰り返しております』
幾千の年月を経る中で、都度変更や修正が加えられているそうだ。
『何にせよ、聖威師自身が滞留を望み、特例で滞留が許されることになったのです。では、聖威師は何故そのようなことを望んだのか。何故だと思う?』
年を旧りた神が、アマーリエたちを順繰りに見回した。特にぱっちりと目が合ったのか、ランドルフが答える。
「神器の暴走や、人間の力では対処できない規模の猛威、例えば世界レベルでの天災や強力な魔物の襲撃などが起こった時、それらに対処することで人を守るためかと思います。聖威師は太古の昔から――太古といっても私たちの基準ですので、狼神様の感覚ではごく最近かもしれませんが――、そのような活動をして来たと聞き及んでおります」
常の緩さがない流麗な口調で言うと、ゆったりと紅茶を飲む狼神が頷いた。
『その通り。神器には暴走の可能性があること、そのリスクも含めた上で管理責任は人間が負う、ということを約束の上で下賜しているので、あわやの事態になっても人間側の問題なのだがな。天災や地下世界からの襲撃にしても、人の世で起こったことならば人が対応するべきである。それが自立するということだ』
にべもなく言い、カップを置いて苦笑する。たっぷりした銀の長髪が揺れた。
『とはいえ、人間への情を強く残す聖威師からすれば、そう簡単に割り切ることは難しかったのであろう。地上が人の世となって以降は、なるべく表舞台には出ぬようにしながら、自身の寿命が尽きる間際まで人間を支え続けていた』
サァッと吹き付ける風の中に、花びらが舞っている。白、薄桃、赤、淡黄……。神の庭には、四季折々の植物が年中花を開かせ、実を付けている。幻想的な風景の中でパリポリと響く場違いな音は、ラミルファがナッツをつまんで咀嚼している音だ。相変わらずマイペースな邪神である。
『そして幾星霜が流れ、神と人の距離は開いた。天への畏敬を薄れさせた人間は神を軽んじ、神託を偽造し霊威師、聖威師を詐称し、陰でひっそりと暮らしていた本物の聖威師を引きずり出しては傷付け、ついに神の怒りを買って神罰牢行きとなりかけた。現在から三千年と少し前の出来事だ』
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