60.それは残酷的で絶対的な性
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『決して抗えない神の性。俺はその瞬間、それまでの身内を捨てたんだ。今でも精霊のことは大事に思ってるし、使役に甘いと狼神様や姉神から注意されてはいるが、それはあくまで神基準でだ。もう、かつてのような親愛は持ってない』
「フレイム……」
『マイカとヨルンだって見捨てた。精霊の頃の俺だったら、這いつくばってでも許してやって欲しいと神々に懇願してたのに。マイカは俺自身が裁こうとしたし、ヨルンを助けようと声を上げたのはユフィーだ』
淡々と語る双眸と声は、共に暗い色を帯びている。苦渋と悲哀、切なさも。
フレイムの経歴は異端を極めているという。従来を振り返れば、上級神使を中心とする使役が、正式な神格を得て色無しの神になった前例はある。だが、火神の神使というワンクッションを挟んだとはいえ、最底辺の下っ端精霊でしかなかった者が、選ばれし高位神にまで上り詰めたのは前代未聞の出来事だそうだ。
『ラミルファと初めて会った時にも言われた。君は元精霊だそうだが、彼らへの愛などすぐに無くなるだろう、ってな。それが図星だったんだよ。自分の中で認めたくない事実のど真ん中を突かれて、頭に血が上って取っ組み合いになっちまった。アイツはずっとヘラヘラしてたけど』
「そうだったの? 前に見せてもらった光景では、人語で火神様と禍神様の読みが同じなのをラミルファ様が揶揄って揉み合いに……という話のようだったけれど」
『マジでそんなことで喧嘩するはずねえだろ。人間の言語で読みが同じだから何だって話だし。……アイツが俺を庇って、周囲にはそう説明してくれたんだ。あまりに下らなすぎる理由だから、逆にそれ以上は深掘りされねえだろうって』
「フレイムを庇った?」
『精霊への愛を重視して神と喧嘩したと捉えられれば、俺は許してもらえても精霊たちに怒りの矛先が向くかもしれねえだろ。俺はもう神なのに、かつてのよしみで誑かしたと思われる。本当に精霊が大事なら考え無しに肩入れするな、逆効果だって、アイツに説教されちまった』
ぐうの音も出なかったぜ、と苦笑いするフレイムだが、当時の彼にとっては、それだけ痛いところを突かれたのだろう。
『精霊たちにとっては、俺は今でも家族なんだろう。かつてと同じく助けてくれると思ってる。けど俺にとっては違う。精霊のことはまだ仲間だと思っているが、同族だという感覚は失せている』
今のフレイムは、神になる前の彼ではない。精霊を愛し、内輪として大切にしていた彼は、もうどこにもいないのだ。
『今の俺の家族は、同胞は、仲間よりずっと大事で優先される身内は、神々なんだよ。分かるんだ。日に日に精霊への想いが薄まっていくのが。遠くない内に、俺の意思とは関係なく、アイツらへの親愛は消える。どれだけ消したくないと思っても、持ち続けていたいと思っても、否応なく』
アマーリエはフレイムを抱きしめた。胸中に再び去来するのは、少女のごとき美貌を持つ先代皇帝の最期の姿。あの言葉が今一度蘇る。
――人の皮を脱ぎ捨て、擬人を解いたが最後、私は人への情も思い入れも失ってしまうであろう
昇天の間際に零した吐露。それまで被っていた、毅然とした皇帝の殻を脱ぎ去った、泣き笑いのような顔。自身が今まで大切に抱いて来たものが脆く壊れ去り、手の中からあっさりと抜け落ちていくことへの嘆き。
(黇死皇様……秀峰様もフレイムと同じ目をなさっていたわ)
「私も同じよ。人間という生き物への思い入れが、どんどん無くなっていくの。歴代聖威師たちの多くも、この現象に悩んでいたそうよ。生粋の神ではなく、後天的に神格を得た者は、この葛藤を味わうことが多いと聞いたわ」
夫婦で体温を分け合うように、体を密着させる。大神官に就任した際、天堂での挨拶の後でフレイムたちと再会した時、自分の身内は神々なのだと実感した。
「フレイムが薄情なのではないと思うわ。神の本能だからどうしようもないのよ」
(それに……本当は、精霊時代のしがらみを無くしたいと心のどこかで思っていたのかもしれないわ。だって、神になる前のあなたはとても辛い思いをして来たのでしょう)
ありがとうございました。