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54.その貌を見てはならない

お読みいただきありがとうございます。

 一瞬の後、驚愕とどよめきが広間に発生し、浜辺に打ち寄せる波のごとく広がっていく。


『分不相応、身の程知らず……俺は貪婪(どんらん)な者が大好きなんだ。奸佞邪智(かんねいじゃち)な精霊よ、貴き我が目に留めていただけたことを誇るが良い』

『そ、んな……!』


 ヨルンの顔面が、血液が抜け落ちるように蒼白になっていく。歯の根が合わない口から、カタカタと軋み音が漏れた。


《アマーリエ様、悪神の愛し子は――》


 後方で様子を見ていたリーリアが、上擦った声を飛ばして来る。対照的におっとりした言葉で先を紡ぐのは祐奈だ。


《ええ、神罰牢並の責め苦を与えられて弄ばれる生き餌です。どれだけ酷い扱いをされても死ねないように神性を刻まれるだけですので、神になれるわけではありませんし神威も使えません》

《ど、どうにかしてあげられないかしら。そうだわ、慶事中なのだから恩赦が与えられるはず――》

《それは難しいと思いますわ、アマーリエ大神官。これは処罰ではなく、精霊の望みを叶えてやる褒賞という位置付け。そもそも恩赦が適用されるものではありませんの》


 冷静な意見はルルアージュだ。どうやらこの念話網は、聖威師を対象に展開されているようだ。


(そ、それもそうね)


 一人納得したアマーリエは、必死で頭を回転させる。同時に、葬邪神の体が鈍黒の霧に包まれた。蒸気を上げるような音を立てて霧が薄れると、巨大なボロ布を頭から被って全身を覆った異形が虚空に浮かんでいた。


『あはっ。アレクの悪神姿だ』


 クルンと一回転して床に着地した疫神がキャラキャラと笑った。


《アマーリエ、他の聖威師もだ、絶対に父上のご尊顔を見るな! 恐怖でショック死して完全昇天するぞ!》


 切羽詰まった念話が弾ける。アリステルからだ。


『そのお姿を取られるのは久しぶりですね。ヴェーゼを怖がらせないためにと、めっきり人の姿でいるようになってからはご無沙汰でした』


 ラミルファがスタスタと近付き、長兄に向かって背伸びをすると、よいしょと両腕を伸ばした。宙に浮遊している葬邪神が、『何だ?』と言わんばかりにカクンと首を傾げ、ふよよよと降りて来た。

 頭部から顔にかけてをすっぽり包んでいる布をペロッとめくり、中に隠された兄の顔をじっと眺めたラミルファは、にっこりと破顔する。


『相変わらず素敵なお顔ですね。威圧を抑えているのは残念ですが、放出すれば聖威師たちの精神が耐えられないので仕方ありませんか』


 アマーリエや聖威師たちからは、葬邪神が背を向ける状態になっているので――ラミルファと葬邪神がそう位置取ったのだろうが――容貌は見えない。だが、美醜の基準が逆転している悪神が絶賛するということは、アマーリエたちの基準では凄惨なものだろう。


『この精霊を我が愛し子に』


 葬邪神の言葉が響く。妙にくぐもった声だった。脳裏に直接わんわんと反響する、一言で表せば不快極まりない音。だというのに、何故か伏し拝みたくなるほどの威厳と崇高さを帯びている。


『我が寵を得られることを光栄に思え』


 ラミルファが元通りに布を降ろすと、黒い塊がスゥーと床を滑ってヨルンに近付いた。床に転がされている精霊の顔を覗き込むと、生温い風が吹いて布を巻き上げる。


『ぎぃやああああぁあああああああぁぁああああああああぁあああああっっっ!!!』


 やはりアマーリエたちからは見えなかったが、正面にいたヨルンはしっかりと目視したらしい。屠殺される家畜のごとき叫喚を上げ、口から泡を吹いて仰け反る。淡い紫色をしていた髪が、一瞬で白髪に変わった。股間からジワリと漏れ出た液体が床に広がる。


『あっ、またお漏らし。さっき、ちょっと小突いた時も、何度も漏らしてた。まだ出るんだ』

『おや、失神しないね。恐怖で忘我状態にもならない。ディスが正気と精神を強制維持させる術をかけたからだろうか』


 ケロリと嗤う疫神に続いて呟いたのは時空神だ。両目は閉じているが、周囲は問題なく見えているようだ。疫神がグッと親指を立ててウインクする。


『正解。我、抜かりなし』


 色持ちの神々の大半は、目の前で繰り広げられる光景を達観視している。ヨルンを嘲ったり馬鹿にしてはいないが、憐れんだり気遣ったりもしていない。道端の雑草に向ける眼差しと同じだ。鷹神と孔雀神はマイペースに羽繕いをしており、戦神は退屈そうに欠伸をして闘神に小突かれている。


『これより愛し子の誓約を結ぶ。拒絶しようとも、心身を操り否応無く受諾させる』

ありがとうございました。

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