44.邪神の事情 前編
お読みいただきありがとうございます。
前話(43話)、投稿時から少し加筆しています。
「「――え?」」
アマーリエとフレイムの声が重なった。
『9年前のあの時――君の気がおぞましすぎてすぐ天界に戻ったものの、少し考えるところはあったのだよ。君たちの反応を思い返すと、僕たちのことを悪神だと認識していなかった気がした。もしアクシデントで僕たちを喚んでしまっただけならば、あの言い方では君が誤解されると思って』
そう告げたラミルファは、さらりと続けた。
『だから、勧請を受けた邸に神託を下ろしておいた。あの時の僕は絶賛上機嫌だったから、特別にサービスしてあげたわけだ。とは言っても、ストレートに僕が悪神であるとは書かなかったが』
シレッと付け足された言葉に、フレイムが即座に噛み付いた。
「いや書けよ! それが一番大事なとこだろ!」
『何故そこまで親切に教えてやらねばならない? 悪神だと言わずとも、趣旨が伝わる内容にすれば良いだろう』
「んなわけあるか――」
なおも言い返そうとするフレイムを押し留め、アマーリエは聞いた。
「その神託とは……どのような内容を書いて下さったのでしょうか?」
『まず、僕が先ほど降臨した高位神であると書いた。それから、神にはそれぞれ美醜の基準があるから、くれぐれも僕たちの反応だけで勧請者のことを決め付けないように記した。勧請者の気を美しいと認める神もいるだろうから、今後は神官府の儀に積極的に参加させ、複数の神に目通りさせて気の清濁を問うてみよと』
「「ええ!?」」
アマーリエの声が、今度は少し離れた所から上がったものと重なった。声を上げたのはダライだ。
「そ、そのような神託が届いたなど聞いておりませんぞ!? ネイーシャ、お前の実家から何か連絡があったか!?」
「し、知らないわ! 私も何も聞いていないわよ!」
『神託はきちんと下ろした。我が神性に誓おう。僕は嘘の神ではないから、神性に誓った時は真実しか言わないよ』
自信たっぷりに言い切るラミルファ。だが、ダライとネイーシャも嘘を吐いているようには見えない。フレイムが考え込むように眉間にしわを寄せて言う。
「ラミルファ。お前の言い方からすると、下ろしたのは声を届ける形式の神託じゃねえな。筆記式で神文を送るやつか」
『そうだよ。天界で神告文をしたためて、あの邸の神託箱に転送した』
託宣は神官府だけでなく神官に個別に届けられることもある。そのため、神官を輩出している家は、ほぼ確実に神託箱を設置している。声を下ろすのではなく、筆記で神意を送って来る神もいるからだ。ネイーシャの生家も属国の神官の家系なので、当然神託箱を置いているはずだ。
(では、ちゃんとフォローして下さっていたということ?)
どういうことかと全員の視線を浴びたダライとネイーシャが、知らないと必死で首を横に振る。
「お、仰った神託が届いたという連絡は受けておりません!」
「誓って本当ですわ!」
『……嘘は言っていないね』
両親をじっと見つめたラミルファが呟いた。
『先ほども言った通り、ずっと気になっていたのだよ。君たちの態度が』
アマーリエ、ダライ、ネイーシャ、そして茫然自失の状態で転がっているミリエーナを順に見遣り、緑の双眸が瞬いた。
『僕の方の事情を話しておこうか。僕は少し前、地上を視ている時にレフィーを発見し、これは僕好みだと目を付けた。だが、レフィーの様子を確認して驚いた。何しろレフィーの姉は、9年前のあの醜悪な気を持つ娘だったのだから』
これは想定外の展開だった、と、整った容貌が苦笑を帯びた。
『かつて僕が神託を下ろしたことだし、レフィーの姉はあれ以降、神官府で他の神たちに目通りしただろう。その時はそう考えた』
(いえ、逆にお前は出て来るなと奥に引っ込められていたわよ。だってその神託が届いていなかったのだもの)
アマーリエが内心で否定していると、ラミルファがチラリとこちらに視線を向け、『うわ汚っ』と言わんばかりにさっと逸らす。ここまで忌避されると逆に清々しい。
『一般的な神はレフィーの姉の気を見て、とても美しいと褒めたはずだ。それが幾度も続けば、神によって美醜の基準が違うというより、むしろ僕の基準が他の神と違っているのだということに思い至り、僕たちが普通の神ではなかったと勘付かれているかもしれないと思った』
もしそうであれば、ミリエーナは愛し子の誓約を持ちかけられても拒否しただろう。相手は悪神の可能性があるのだ。
『レフィーはあの勧請の場にいなかったが、両親から当時の話や僕の容姿、神威の色を聞かされているかもしれない。僕があの時の神かもしれないと察せば、誓約を断るだろう。そう思った。ならば9年前とは別の姿で降臨し、同じ神だと気付かれないようにした方がいいかと考えたのだが……』
腕組みをしたラミルファは軽く首を傾げる。
『けれど、レフィーとその周囲の様子をさらに視ているうちに、妙なことに気が付いた。醜い気を持つ姉が、無能だ無能だと家族からひたすら罵倒され虐げられているのだよ』
ついに邪神までが、邸内でアマーリエに行われていた虐待を暴露した。
『初めは僕も納得していた。霊威が弱ければ無能扱いされてもおかしくはない。だが……段々と違和感を感じ始めた。確かにこの世界は霊威至上主義だが、神が全面的に認める気を持つ者に対して、さすがに侮蔑が過ぎるのではないかと』
悪神にすらはっきりと言われ、ダライとネイーシャは今にも倒れそうになっている。フレイムがそら見たことかと言わんばかりにふんと鼻を鳴らした。
『それに、神使選定では被選定者の精神や人格も考慮されるから、気が美しいというのは大きな加点要素になる。なのに姉は、お前など神使に選ばれるはずがないと何度も言われていた。判を押したように霊威が弱いと繰り返されているばかりで、気が綺麗だという話題は欠片も出ない。おかしいと思ったよ』
聖威師たちの目が険しい。フルードが普段と打って変わって冷ややかな目で、ダライたちを睨んでいる。
『どういうことだろうと、色々な可能性を考えた。そして、その中の一つとしてある推測を出した。もしかしたら、今後複数の神に目通りさせて気の清濁を問うてみよという僕の神託が、実行されていないのではないかと』
……実際はそれ以前の問題で、神託そのものが届いていなかったわけだが。
黙って聞いていたフレイムが言った。
「つまり……アマーリエを他の神に会わせて気がどう見えるかを確認してないから、その美しさに気付いてないんじゃないかってことか?」
『ああ。もしそうなら、僕の基準が他の神と違っていることも分からないから、僕たちが悪神だとは気付いていないだろう。……といっても、この推測は数ある可能性の一つに過ぎない。もう少し調べてみようかと思った』
「何でわざわざ調べるんだよ。神威で過去を視れば一発じゃねえか」
ラミルファはフレイムのように神格を抑制しているわけではない。色々と憶測を巡らせずとも、過去視をしてしまえば何がどうなって今の状況になったのか分かるはずだ。だが、返事は否だった。
『天界も今はピリピリしている。神々とて良い神使を確保したいからね。神同士は結束が強いから、大きな問題までは起きていないが……小規模な小競り合いは発生し始めている。それもあり、天界では神威の使用をなるべく控えるようにという通達が最高神から出た。君が地上に降りた後のことだ』
そして、ラミルファが本格的にサード家の面々に疑問を持つようになったのも、通達が出た後だったのだという。
「は? マジか……。神使選定の開催は失敗だったんじゃねえか。神使の割り当てで色んな神がぎゃあぎゃあ言うから、最高神たちがイラッとして、じゃあ自分たちで決めろって言い出したのが最初だったよな」
フレイムが天を仰いで言い、それを聞いたアマーリエは遠い目になった。どうやら、神々の世界も色々とあるようだ。
『まだ初回だ。今後改善していく余地はある。……まあそういうわけで、余計な神威は使わない方がいいと思ったのだよ。だから過去視はせず、レフィーとその周辺を遠視するだけに留めていた。それに、せっかく見付けた愛し子を早く手に入れたいという思いもあった。だから機を見てレフィーに接触し、仮誓約を結んだ。姿は見せず声だけを下ろして』
ミリエーナがラミルファの容姿を伝え聞いており、かつ悪神ではないかということに思い至っていることを想定し、姿を見せなかったのだろう。無用な心配だった訳だが。
『結果は上々だったよ。我が愛し子は何の疑いもなくコロリとこの手に転がり込んで来てくれた。これで聖威師も手が出せない』
ありがとうございました。