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52.欲しかったものは

お読みいただきありがとうございます。

 あどけない声が空気を震わせる。音源が発されたのは、葬邪神の肩の上。


『ディス』


 片割れの視線を受け流し、幼児の形をした神は足をぶらつかせてケラケラ笑う。


『我、もう過去視した。首謀者、分かってる』

『お前、もうやったのか』

『うん。我、動き早い。褒めて良し。これ、視えた光景』


 小さな指が虚空を示すと、宙に丸い光が現れる。中に映り込むのは、暗い(とばり)に覆われた夜の共有領域。だが、一部区画には明々と篝火が灯っている。赤い炎の神威だ。


『火神一族が主に使っている場所か。これはブレイの神火だな。今は常燃させていると聞いたが』

『そうよ、アレク。前にも説明した通り、火神一族の一員であるアマーリエが帰天しているから、その歓迎を込めて掲げているの』


 と、円の中で何かが動いた。分厚いローブを着込んだ影だ。鼻下まですっぽり覆うフードを被っている。


『精霊か』


 葬邪神が呟き、フレイムが眼差しを険しくした。神格を抑えている聖威師と違い、天の神々はフードの中に隠された容貌を見通せているのかもしれない。

 影は忙しなく周囲を見回しながら明かりに近付き、持っていた松明に篝火を移した。


『は?』


 ブレイズを含めた神々が、一斉に目を点にする。

 神炎を携えた影は、シンと静まった天界内を歩き、開場された扉の前で立ち止まる。水晶神の領域に通じる門だ。ぽっかりと開いたそこに体を滑り込ませた影は、夜の僅かな光を反射して煌めくクリスタルの神殿をしばし眺めた後、上を向いて頷くと、おもむろに松明を投げ込んだ。


 瞬く間に炎が噴出し、透き通った神殿を赤く染め上げる。強い風が吹き、影が被っていたローブが煽られ、フードが上へとめくれ上がった。


「え――!?」


 衝撃でアマーリエの呼吸が止まる。覆いの内から出現したのは、見知った顔だった。


(……ヨルン?)


 咄嗟にフレイムを窺うと、夫は鋭い眼差しを浮かべたまま、虚空に投影される光景を見ている。


『すぐにこの精霊を捕らえ――』

『それも、もうやった。神威使う、遠隔で捕縛済み。我、親切。サポートオプション、充実中』


 号令を発しかけた葬邪神を遮り、疫神が人差し指を立ててぴこぴこと振った。


『今、我の異空間に幽閉中、アンド、リモートでちょっぴり小突き中』

『おい、お前のちょっぴり小突くはシャレにならんぞ。すること自体は構わんが、まだ精神は破壊させるなよ』

『アレク、馬鹿にするない。我、そんなヘマしない。魂壊れない、正気失えない、そういう処置済み』


 ふふんと胸を張り、幼子の大きな双眸がキュルンとブレイズに向けられる。


『ブレイ。精霊、ここに呼ぶ?』

『ええ、お願いディス』

『我、了解。あっ、精霊の見た目、復元しとくね。ここにはか弱い雛たち、いる。雛たち、見てショック受ける、可哀想。だから、元通りしとく』


 無邪気な笑顔で放たれた言葉が恐ろしい。ヨルンは一体どんな扱いを受けているのか。身震いするアマーリエを他所に、疫神がパンと両手を打ち鳴らした。空間に小さな渦が生まれ、中心からヨルンが転がり落ちる。ドス黒い神威で全身を拘束されていた。


『コイツ、我の好みと違う。もう少しイイ感じだったら、使役か愛し子にして可愛がる。けど、ちょっとビミョー』


 唇を尖らせて言い、疫神がチラとヨルンを見た。零れ落ちそうに大きな瞳から、神を相手にしていた際の親しさが丸ごと消える。


『精霊。我に白状したこと、ここでもう一度、話せ』


 無味乾燥な声に、鈍黒の束縛を受けたまま床に転がったヨルンが、ひっと声を上げた。


『し、神格が欲しかったんです! 火神様と知神様の使役が神になったように!』

(……はい?)


 喘鳴が絡まった叫びが宙を裂く。その意味がすぐには理解できず、アマーリエは目を瞬かせた。たった今放たれた言を反芻する。


(火神様と知神様の使役で、神になったといえば――もしかしてラモスとディモスと、マーカスさんのこと?)


 他にも該当する神使がいるかもしれないので、まだ決め付けはできないが――と思っていると、続く言葉で解答が発せられた。


『火神様の神使は邪神様の炎から燁神様を庇い、知神様の神使は神器の火災から天界の書を守り、その行動を認められて神格を賜りました』

(あ……やっぱりラモスたちだわ)


 推測は当たっていたらしい。だが、その後に耳に滑り込んで来た言い分は予想外だった。


『だ、だから……僕も同じように、神の炎から聖威師様を守れば、その功績で神格をもらえると思ったんです。それで、聖威師様がお出での神域で門を開けている所を探し、水晶神様の領域を見付けました』


 火を付ける前、ヨルンは神殿を眺めていた。あれはアンディの気配がどこにあるか探っていたのだ。居場所が分からなければ助けに行けない。


『火が回れば水晶神様もお気付きになり、助けに行かれるでしょうが、その前に転移で聖威師様をお連れしようと思っていました』


 天界の共有領域を歩いていたら、開いている神域の向こうで炎が燃えている光景が見えたので、無我夢中で飛び込んで助け出した――ということにしようと思っていたらしい。


『……ですが、火の手が回る速度が予想より遥かに早く、暴走した神威で霊威も乱されてしまい、転移が使えませんでした。炎の勢いも強すぎてどうにもならず、パニックになってその場から逃げ出しました』


 とんでもないことになってしまった、自分はとんでもないことをしてしまった。そのことに遅まきながらも気付き、天界の物陰で震えていたところ、過去視をして所業を把握した疫神に捕獲されたそうだ。

ありがとうございました。

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