50.アンディ救出
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「分かったわ。……水晶神様、アンディの部屋はどちらですか!?」
泣きべそをかくアンディからはまともな答えが望めそうにない。神殿の入口で足止めを食らっている水晶神を顧みて問いかけたアマーリエは、自身でも神殿内部を透視できないかと試みる。だが、水晶神の応えの方が早かった。
『最上階です! 一番眺めが良い部屋に……!』
「上ですね!」
先ほど一瞥したところ、業火は神殿の大半を舐めていた。もう最上階まで届いていてもおかしくない。それ以前に、神殿自体が燃え落ちかねない。
(早く助けなくては)
「フレイムお願い、私も連れて行って!」
『……しゃーねえな。絶対に俺から離れるなよ』
外で待っとけって言っても聞かねえだろ、と諦観と共に呟いたフレイムが、アマーリエの手を取る。途端に視界が揺らいだ。
一瞬後、足元から柔らかな感触が伝わる。フカフカの絨毯が敷き詰められた床に、光を反射して星空のように輝く水晶の調度品、透き通ったさざれ石を連ねたシャンデリア。
だが、透明な水晶は、窓の外で燃え盛る炎の色を映していた。必然、その光が差し込む室内も、不気味に蠢く赤に染め上げられている。
(良かった、まだ部屋の中までは炎が来ていない……!)
「アマーリエ様!」
部屋の隅で蹲っていたアンディが弾かれたように顔を上げ、駆け寄って来る。
「怪我はない!?」
「は、はい……」
小さな体を抱きとめて状態を確認し、目立った外傷がないことに安堵する。直後、窓ガラスが割れ、炎が室内に侵入した。渦巻く業火の表層を突き破り、熱風と共に噴出する揺らめきは化け物の舌のようだ。
『早く退避するぞ!』
フレイムが手を伸ばして呼びかける。アンディを片腕で抱えたアマーリエがその手を取ろうとした寸前、部屋のドアを突き破り、灼熱が噴出した。内部から燃え広がった炎だ。
(こっちからも――!)
フレイムとアマーリエの間を炎が貫き、分断される。バチバチと火の粉が爆ぜ、不快な亀裂音と共に、グラグラと足元が揺れた。神炎に焼かれた壁や床がボロボロとひび割れていく。
(崩れる!?)
飛翔で体を浮かせようとするが、聖威が上手く発動しない。神威の業火に力が乱されている。フレイムが自身の神威で相殺しているが、完全に抑え切れていないのだ。中途半端に浮き上がった体がガクンと体勢を崩したところで、滑り込むように炎が襲いかかる。
「わああぁ!」
アンディが金切り声を上げた。周囲の景色がモノクロと化し、時が止まったかと錯覚するような刹那の中、アマーリエは悟る。避けられない、防御も通じないと。
『ユフィー!』
こちらを焼き尽くさんとした神炎を丸ごと呑み込み、紅蓮の業火が炸裂する。あまりに凶暴で猛々しい御稜威。荒ぶる神――荒神の炎だ。激甚たるその神威は、同格の神の力を凌駕する。紅蓮の輝きが閃光と化し、ブレイズの神炎を瞬き一つもしない間に呑み込んだ。
同時に、力強い腕に掴まれ、フレイムの懐に包み込まれる。逞しい胸板の厚さに力が抜けた。密着したことで伝わる優しい鼓動と体温。視覚に色彩が蘇り、時間が元通り進み出した。
『出るぞ』
跳躍も予備動作も見せず、フレイムの体がふっと浮き上がった。アマーリエとアンディを抱え、神殿の壁を窓ガラスごと爆散して外へ身を踊らせる。直後、大半が炭化し、ブスブスと煙を上げている神殿が崩れ始めた。
舞い上がる粉塵と鳴り響く轟音、吹き付ける烈風の中で優雅に身を翻し、フレイムの姿がかき消える。
それから間を置かず、神殿は土台から倒壊して瓦礫の山と化した。
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