49.燃える神殿
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《お助け下さい!》
裏返った絶叫が安寧の眠りを粉微塵に打ち砕いたのは、天界の光が消え、闇の黙が降り積もる深更のことだった。切羽詰まった少年の声が、綿菓子の上で揺られているような心地良い眠りを打ち砕く。
《火事です!》
(かじ――えっ、火事!?)
フレイムの腕の中で跳ね起きたアマーリエが顔を上げると、熾火のような神威が全身に降りかかり、衣と化して肢体を覆った。
《お前の領域でか、水晶神》
アマーリエを着衣させたフレイムが、冷静な声を返す。彼の体はとっくに衣を纏っていた。
《は、はい!》
念話を飛ばして来たのはクリスタルの神。アンディの主神だ。色持ちではなく、神格は下から数えた方が早い。
《神炎が我が神殿で燃えており、私の力では手に負えません。中にまだソルががいるのです! 焔神様と燁神様の御力で鎮火していただけませんでしょうか!?》
悲痛な声でアンディの秘め名を呼ぶ水晶神に、アマーリエは目を剥いた。
《ど、どうして神炎が? いえそれより、アンディが避難できていないのですか!?》
(助けに行かなくては!)
ベッドから転がり出ると、水晶神の気配を辿り、彼の神の領域前に転移する。門は開いていたので、遠慮なく踏み込ませてもらった。
(これはっ……!)
一歩入ると、冴え渡る水晶で作られた神殿が、紅炎のごとき灼熱に炙られて焼けただれていた。入口では、水晶神が必死の形相でアンディの秘め名を呼んでいる。周囲を取り巻く精霊たちは使役だろうが、彼らも手も足も出せないでいる。
『この炎は――』
《アンディ、アンディ! 返事をして!》
眉間に皺を寄せて呟くフレイムの横をすり抜け、アマーリエは紅葉色の結界を体に纏わせると、燃え盛る神殿の中へと突入した。
『待て、聖威じゃ防げねえ!』
「フレイムが守ってくれるでしょう!?」
背後から引き止められるも、振り向きもせず全幅の信頼を込めた返事を投げ返す。頰を熱風が掠めると同時、爆炎の音波が鼓膜を揺らして戦慄いた。狂った大蛇のようにぐねぐねとうねる業火が、結界ごと肌を焼く。
「熱っ」
『ユフィー!』
紅蓮の神威が逆巻き、たたらを踏んだアマーリエの身を包んで守る。似て非なる色の業火が激突し、螺旋を描いて絡みながらせめぎ合った。
『ちっ』
互いに一歩も退かぬ二色の赤。忌々しげに舌打ちしたフレイムが、目元を剣呑に細める。
『これは姉上の炎だ。だが、何故水晶神の神域を燃やす?』
「お義姉様って、煉神ブレイズ様!?」
(どういうこと?)
思いもよらない言葉に、アマーリエが息を呑んだ時。
《アマーリエ様ぁ!》
悲鳴と嗚咽を混じらせた声が届いた。雑音だらけの荒い念話だ。
《アンディ! どこにいるの、無事なの!?》
《へ、部屋にいます。でも火が、起きたら火が燃えててっ》
《落ち着いて。転移で脱出できそう?》
《い、いいえ、ちか、力が使えないんです!》
『姉上の炎が聖威の発動を邪魔してる。俺たちが来て、俺の気で神炎の力が緩和されたから、どうにか念話が通じるようになったんだ』
眼前で猛り狂う炎を睨みながら、フレイムが言った。紅蓮の神威を怒涛のごとく押し切ろうとする業火は、牙を剥く猛獣のようだ。
『アンディは聖威師として未熟だ。ここで力を使わせねえ方が良い。強引に転移して失敗すれば、どっか変な場所に飛んじまう。俺がここに強制転移させて……いや、直接迎えに行って一緒に連れて来る方が安全で確実だ』
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