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48.荒神の勘は告げている

お読みいただきありがとうございます。

 フレイムが無表情で口を開いた。


『繰り返すが、早急に正しい報告を上げろ。それから、この精霊は二度と俺とユフィーの前に出すな。下級雑務の中でも裏方専任に回せ』

『そんな、フレイム……どうして? 前はあんなに優しかったじゃない。私たち皆で力を合わせて一緒に頑張って……私たちは家族でしょう?』

『フレイムは神になった。今の彼の家族は僕たちだ』


 即答でぶった切ったのはラミルファだ。這いつくばる精霊を見下ろす眼の奥が吹雪いている。


『性懲りもなく、まだ許可を得ず神の御名を呼ぶとはな。本当に悪神付きになるか? それとも神罰牢行きになりたいのだろうか』


 フレイムに縋り付かんとするように身を近付けるマイカに吐き捨て、灰緑の視線が精霊たちに向けられた。


『この下劣な不埒者を神域から叩き出せ。そして火神様に本件の報告を上げて来い』

『『はい!』』


 精霊たちが弾かれたように立ち上がる。臨時で増員された者が総出でマイカを抑え、部屋から引きずり出す。元からフレイム付きだった者たちも、それを追う形で部屋を出て行った。


『いや、いやぁ! フレイム、助けてフレイム! 助け――』


 尾を引く悲鳴が遠ざかる。部屋の戸が閉まり、硬く施錠される音がした。まるでフレイムの心を表しているかのように。


 精霊たちが締め出され、鍵がかかった内側に――フレイムの懐に留まることを許されたのは、アマーリエにフルード、ラミルファと疫神、そして従神たち。つまりは神格を持つ者だけだ。フレイムの家族は、身内は、もう精霊ではなく神々なのだ。


 かつてフルードがこっそり伝えてくれた推測が、胸に去来する。

 フレイムの従神や精霊、下働きたちは、不遇な状況にあった精霊たちをフレイムが直々に引き取って自分付きにしたという。それは本当だろうが、従神は特別なのではないかと、フルードは予想していた。


 焔神という神格を得たことで、神こそが身内という考えに変わりゆく中で、それでもどうしても同胞のままでいたかった一握りの精霊たち。彼らを神に上げることで、今後もずっと身内でいられるようにしたのではないか。そう呟いていた。その予想は正しいように感じる。


「フレイム……」


 アマーリエはそろりとフレイムに近付いた。こちらを見る山吹色の瞳は、ズタズタに傷付いている。


『すまんユフィー、お前には本当に迷惑をかけちまった。俺のせいだ』

「そんなことはないわ。委任状は無事に戻って来たのだし、今一番ショックを受けているのはフレイムでしょう」


 視界の端で何かが動いた。何だろうと横目で窺うと、ラミルファがじっとこちらを見ながらハグのジェスチャーをしている。


(わ、分かっていますよ)


 アマーリエはぎゅっとフレイムを抱きしめた。引き裂かれて血を流す彼の魂を丸ごと包み込むように。言葉は何も発さない。フレイムとマイカの間にあった関係性をほとんど知らない自分が、下手に何かを言うべきではない。


 ただ、黙って優しく抱擁する。かつての同輩に裏切られた夫を、少しでも癒してあげたくて。応えるように、フレイムも腕を回して来た。やはり何も言わない。念話もない。だが、それで良い。この場において、自分たちの間に言葉は必要ない。互いの温もりだけで通じ合えるから。


 ◆◆◆


 ニヤニヤしながらアマーリエたちを見ていたラミルファがスススと下がり、疫神とフルードの元に行く。


『セイン、委任状が無事に見付かったことをアシュトンに伝えてやれ。盗んだ者の当てが付いた後も、念のためにと引き続き共有領域を探ってくれていただろう』

『既に伝えています。心底安堵した様子でした』

『あの精霊は我の好みど真ん中であった。嫉妬と羨望に狂って外道に堕ちた魂は美しい。恩赦を使わず、我が神使に迎え入れてやりたかったくらいだ。焔神様の心情を考慮して止めたがな』


 遺憾そうに言う疫神に、透明な碧眼に憂いを乗せたフルードが呟く。


『あの精霊がお兄様とアマーリエに向ける目を見た時、もしやと思いました。……お兄様はもうアマーリエのお兄様です。それを読み違えるからこうなるのです。ですが、あの精霊の気持ちが分からないでもありません。彼女には〝自分のお兄様〟がいませんから。嫉妬心が芽生えてしまったのでしょう』


 ラミルファと疫神が何とも言えない顔でフルードを見た。


『いや、自分用のフレイムを持つのは君だけだからな、セイン。そんなイカれた……いや、異次元待遇を受けられるのは、君がフレイムの〝特別〟だからだ。あの精霊とは立場から何からまるで違う』


 宝玉や親子兄弟姉妹は、愛し子にも並ぶ存在だ。そんな存在であるからこそ、その者用の自分を増やすという狂った厚遇が実現した。


『はぁ』


 今ひとつ分かっていない顔で、ぽけっと頷くフルード。末の邪神が宙を見上げた。


『それにしても、あの天馬暴走が事故ではない可能性があるとは。兄上はあの精霊がやったと思いますか?』

『どうであろうなぁ。だが、何やら胸がざわめく。まだ何事か起こりそうだ』

『疫神様、それは生来の荒神の直感でしょうか?』

『そういうことだな。つまらん日常が崩れるのは大歓迎だが、小さな雛たちが傷付くことは御免だ。有事の際は動いてやろう』


 面持ちを強張らせたフルードに穏やかな目を向け、末弟の頭を一撫でした疫神は、不敵な笑みで嘯いた。

ありがとうございました。

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