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46.守ろうとした者

お読みいただきありがとうございます。

 顔色一つ変えぬフレイムから紡がれたのは、絶対的な宣告。マイカは火神の――正確には原火神の命令を受けてアマーリエ付きとなり、ここに来ている。その決定を打ち消し、新たな担当配置を割り振ることができるのは、原火神と同格以上の神だけだ。対等な火神である焔火神は、それに該当する。だが――


(た、担当を変える? 今このタイミングで?)


 状況に付いて行けないアマーリエを置き去りに、フレイムの言葉は止まらない。邪神がじっとその様子を見ている。


『――配置変更』

『い、嫌……』


 弱々しく首を振るマイカに、酷薄な神託が振り降ろされる寸前。

 ラミルファが身動ぎした。腕を伸ばしてそれを遮り、疫神が足を踏み出す。(くろつち)の御稜威が場を席巻した。


『精霊マイカを悪神担当の神使とする』


 峻烈な声が突き立った。だが、フレイムのものではない。涅の髪と双眸に変じた疫神だ。容貌も若干変容し、より妖艶さと凄みが増している。


疫禍神(えきかしん)様』


 振り向いたフレイムが会釈した。ゆるりと目礼を返し、禍神の神格を解放した疫神が婉然と唇を歪める。


『これなる精霊は我らが使役にする。焔火神様、よろしいな』


 ひぃぃ、とマイカが悲鳴を上げた。悪神の使役。つまり生き餌だ。


(ええ!?)


 想像以上の罰に、アマーリエの思考が真っ白になる。しかし、疫禍神の言葉には続きがあった。


『だが、現在は小さき雛たちが帰天しているめでたき最中。風神様も先だっては恩赦を適用されたと聞き及んでいる。ゆえに我もそれに倣うことを検討している。――大神官アマーリエ。此度の所業により被害を被った者はお前だ。精霊に恩赦を与えることについて如何(いかが)思う』

「っ、非常によろしいかと存じます」

(賛成賛成、大賛成です!! 迷惑はかけられたし怒りも覚えているけれど、悪神の生き餌になれとは思えないもの!)


 コクコク頷いたアマーリエは、内心の言葉を礼儀正しく翻訳して発する。


「この精霊に対し思うところは多分にあれど、慕わしき天に還っている喜びに水を差したくはございません。当事者の自己申告とはいえ、委任状はすぐに返すつもりだったようですし、盗んだ小箱ごと燃やすなどの悪行まではしなかったのですから。多少の赦免には賛同いたします」


 懸命に言い募ると、涅の眼に淡い苦笑が浮かんだ。もしかしなくても胸中は読まれているだろう。


『精霊マイカ。アマーリエの慈悲に感謝せよ。貴様の処分は先程述べた通りだが、慶事中であることを考慮の上、内容を変更する。二階級降格の上、最下等雑務の担当へ転換とする』

(最下等雑務……?)


 胸中の疑問が聞こえたかのように、ラミルファが念話で補足してくれた。


《簡単に言えば、怒鳴られまくりながらこき使われる、重労働専任の下っ端だよ。キツい、辛い、汚い、危険の四拍子で、誰もなりたがらない》


 あどけなさを残す少年神の唇から、ふふ、と小さな笑声が漏れる。


《フレイムも同じことを言おうとしていたはずだ。それを兄上が代わりに述べたのだろう。フレイムにかつての身内を処断させないために。最初は僕がやろうとしたのだがね、兄上が引き受けて下さった》


 ラミルファも疫神も、フレイムの心が傷付かないよう守ろうとしたのだ。


(……こういう展開になるかもしれないと予想していたから、付いて来て下さったのかしら)


 悪神兄弟がここに来た目的は、アマーリエとフルードを守るためだ。特にラミルファは、何がなんでも自身の宝玉の安全を確保するつもりだっただろう。

 ――だがそれだけではなく、精霊の中に委任状を盗んだ者がいると分かった時点で、どのみち付き添うつもりだったのかもしれない。フレイムが自身の口と手で、昔日の友を罰することがないように、自分がその役を代わろうとした。結局、神はどこまでも同胞に甘いのだ。


『――う、うぅぅ……』


 悪神の神使は免れたと悟り、脱力したマイカが両手で顔を覆った。指の間から呻きが漏れる。そこに宿る様々な感情。安堵と羞恥。哀切と悔恨。


『ご発言中に割り込んだ非礼を詫びよう』

『いえ……こちらこそ礼を申し上げます』


 フレイムが抑えた声で謝辞を述べると同時、真赤と涅の神威がはためき、紅蓮と深緑に戻る。吹き荒れる御稜威の余波の中、髪を虚空に遊ばせる疫神は泰然と笑みを刻んでいた。太古神の双眸を見据える山吹色の目も、静穏さを醸している。疫神の意図を分かっているからだ。自分にマイカを罰させないようにしてくれたのだと。


『な、なぁマイカ。まさか、天馬を暴走させたのもお前なのか?』


 息を殺して身を縮めていた精霊たちの中から、おずおずと声が上がった――ヨルンだ。

ありがとうございました。

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