41.炙り出してみます
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『皆に大事な知らせがある』
自領にて。従神と精霊たちを集めたフレイムが、重々しい口調で言った。アマーリエは夫に手を引かれて傍に佇んでいる。何を話すのだろうと首を捻っている精霊たちの中には、マイカとヨルンの姿もあった。臨時も含めてこの領域に仕えている者は全員呼び出したのだ。
『うぃっす、どうしたんすか我が主。全員集合なんかかけちゃって』
チャラい口調で尋ねるのは、従神の一柱だ。かつてはフレイムと同輩の精霊で、彼に見出されて神格を賜った。
『これからここに疫神様がお出でになる』
『『……え……?』』
空気が一瞬で停止し、場が鎮まった。正確には凍り付いた。主に精霊たちが。
『疫神様とはあの疫神様でしょうか?』
フレイムの筆頭従神が確認した。格闘に秀でている彼は身のこなしも軽快で、特に足技が得意だという。アマーリエはまだ見たことがないが。ただ、彼曰く、フレイムや神格を解放したアマーリエの方が、肉弾戦においても自身より遥かに強いという。神の強さは神格の高さで決まるからだ。
『ああ。他にいねえだろ』
あっさり頷くフレイムに、従神たちが緊張の色を帯びた。だが、それ以上に蒼白になっているのは精霊たちだ。暴れ神である疫神は、陰で四キョウと称されている。最強、最恐、最狂、最凶の四セットという意味だ。とはいえ、それでも神である以上、同胞にはたゆまぬ慈悲を見せる――同胞には。神格を持たない精霊は、その中に含まれない。
『急な話ですまんが、対応を頼む』
『えーと、準備自体は神威を使えば一瞬なんで、どうとでもなるんすけど。何で疫神様がいらっしゃるんすか?』
『一時昇天が決まった時、聖威師たちに歓迎と祝意を込めた宝飾品を下賜して下さったんだ。聖威師たちは地上で返礼品を準備して持って来たから、大神官のユフィーが代表で渡すことになってる』
これは本当のことだ。疫神が見せたまさかの気遣いに、豪胆奔放な彼を知るアマーリエやリーリアたちは驚きを隠せなかった。
返礼は聖威師全員で渡すことも考えたが、下賜品を転送して来た疫神自身が『大仰な礼は要らんし大勢で押しかけんで良い』と言っていたため、代表でアマーリエが行くことになっていた。5年前、ロールとして側にいてくれた彼の神には、何だかんだで世話になったからだ。しかも、天地狂乱事件では、彼と葬邪神には本当に助けてもらった。それはもう、一生かかっても返せないほどの恩があるのだ。
宴で渡せればと思っていたが会えなかったため、一時昇天中に機会を見付けて献上しに行こうと思っていたが、まさかこんな形で実現するとは思っていなかった。
『こっちから疫神様の領域に行くって言ったんだが、暇だからここまで足を伸ばすって返事が来た。それでユフィー、返礼品はどこにあるんだ? 荷物の中にあるならそろそろ準備しとかねえと』
「大丈夫よ。大切な物だから他の荷とは別にしておいたわ。今は、委任状と一緒に小箱の中にしまっているの。貴重品類はできるだけまとめておくことにしたのよ」
『そんならすぐに出せるから心配ねえな。今から用意しとくか? その小箱、あっちの部屋にある大きな箱の中に入れただろ』
「ええ。けれど、返礼は小さい品だから、何かに紛れないように直前までしまっておくつもりよ。疫神様がお出でになられたら、誰かに箱を持って来てもらって、御前でお出しするわ」
そうかと頷き、フレイムは皆を見回して明るく言った。
『まあ心配すんな。疫神様がキレたら俺でも手が付けられないが、今は聖威師の一時昇天で神々の機嫌が最高潮だ。いくら暴れ神でも、何かとんでもないアクシデントがない限り暴れたりはしねえだろ』
「まあフレイム、とんでもないアクシデントってどんなこと?」
『んー、例えばそうだな、茶を出す時に手が滑って、中身を顔面にぶっかけたりしたら怒るかもな。すっ転んだ拍子に疫神様の神衣を掴んじまって思いっ切り破くとか?』
「ふふ、そんなことはさすがにないわよ。フレイムの従者たちは優秀だもの」
『だな。……あーそうだ。後、返礼の品が壊れてましたとかは最悪だな』
「それは大変ね。お返しをお渡しするためにご足労いただいたのに、肝心の品を出せないなんてことになったら失礼極まりないもの。激怒されても仕方がないし、下手をすれば天界全体で問題になるわ」
深刻な顔で頷いたアマーリエだが、次の瞬間クスッと笑う。
「もちろん、本当に起こったらの話だけれど」
『ああ、冗談で言っただけだよ。んじゃ、疫神様が来るまでもう少しあるから、茶菓の準備なり色々しといてくれ』
話がひと段落したと察し、従神たちが顔を見合わせた。
『悪神ですから、飲食物は腐った物とか汚物とかの方が良いんすかね?』
『いや、今回はユフィー仕様に合わせてくれるそうだから、通常の茶で良い。精霊たちを指揮して用意とか給仕を頼む』
『うぃっす』
『承知いたしました』
従神たちは自らも神だ。疫神の情けを受けられる対象であるため、強張ってはいるもののまだ余裕がある。対して、本気で震え上がっているのは精霊たちである。全員が慄然としており、ヨルンは体をガタつかせ、マイカは半泣きになっている。皆に優しく微笑みかけ、フレイムは言った。
『そんなビビるなって。お前たちなら大丈夫だろ。頼んだぜ』
ありがとうございました。