36.候補に上がるのは
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「委任状が消えたことは、まだ他の聖威師たちには話していません。余計な心配をかけたくないので。けれど、このまま見付からなければそういうわけにもいきません」
(私の評が落ちるだけなら、自業自得だから仕方ないわ。けれど、主神であるフレイムまで叱責されてしまうかもしれない)
冷たくなった手をぎゅっと握りしめるアマーリエに、フレイムが己の掌を重ねた。
『心配すんな、ユフィー。神は同胞に甘い。何だかんだで仕方ないなぁって許してくれるんだぜ』
穏やかな声が耳から脳髄に、全身に、心に、そして魂に染み渡る。
『俺だって気付けなかった。俺の領域で起こったことなのに。ユフィーだけの責任じゃねえよ』
「ごめんなさい、フレイム……」
『一つの可能性を挙げるとすれば、聖威師帰還派が動いたのでしょうか。あくまで例えばの話ですが、委任状を奪い、高次会議の日時に合わせて地上の高位神器を密かに遠隔で幾つも暴走させるとします』
フルードが顎に手を当て、眉を寄せて思案する。
『そうすれば、聖威師たちの多くはその対処のために地上に戻らざるを得ず、会議には出られません。その際に委任状がなければ、表決権は放棄したものとみなされます。そうなれば滞留継続派の票数が減り、帰還派が優位になるでしょう。……穴だらけの推測ですが』
『俺もそれは考えた。だがセイン、お前も自分で言ってるから分かってるだろうが、穴がありすぎる。それなら高次会議が近付いてから盗るべきだ。開催までまだ日がある今から盗んだら、対応策を考えて実行する猶予を与えることになる』
『ええ。最終手段とはいえ、煉神様と葬邪神様に申告して新しい委任状をいただき、書き直す手もありますからね。それ以前に、選ばれし神の領域に侵入して書類を持ち去るなど大問題です。天界全体を巻き込んだ騒ぎになりますよ。最高神が直々に過去視をする可能性もあります』
『だよなぁ。俺も焔火神の神格を出してもっかい過去視をしてみようかと思ってる。真の神格はそうそう出すモンじゃねえから、準奥の手だがな』
黙って聞いていたアシュトンが、そっと言葉を挟んだ。
『とはいえ、帰還賛成派が関わっている可能性は否定できないかと。ここまでするならば、穏健派ではなく強硬派かもしれません。強硬派の中で焔神様と同格以上の神といえば、真っ先に思い付くのは狼神様と疫神様です』
『あの二神は違うと思うが……だが狼神様と疫神様なら、俺に気取られずここに入り込んで、備品を持ち出すこと自体は可能かもな。普段ならともかく、今は聖威師たちが還ってるから、領域の門を開けてるんだ』
一時帰天している聖威師たちが、神々に挨拶回りをするかもしれないためだ。ランドルフたちが祖神に対して行うような本格的な機嫌伺いでなくとも、簡単な挨拶くらいはしに来る可能性がある。大饗の宴で全ての神々に目通りできたわけではないのだから。
特に、フレイムは現役の聖威師の主神。他の聖威師の訪いがあることを想定し、いつでも歓迎だという意味を込めて自領の入口を解錠していた。
『私はそれとなく天界の共有領域を探してみます。そんな所にあるとは思えませんが、やらないよりはマシでしょう。焔神様とアマーリエ、セイン様は狼神様と疫神様に探りを入れてみていただけますか。このまま委任状が見付からなければリーリアたちに話して皆で探し、それでも所在不明ならば、先ほど挙げた奥の手も検討しなければなりません』
「はい……」
父譲りの冷たい美貌に憂いを乗せて言う先代神官長に、アマーリエは言葉少なに頷いた。
ありがとうございました。