35.消えた委任状
お読みいただきありがとうございます。
◆◆◆
『『委任状が消えた!?』』
フルードとアシュトンの驚いた声が響く。急遽念話し、フレイムの領域へ来てもらったのだ。
「はい。朝は確かにあったのですが、先ほど部屋に戻って見てみたら、無くなっていて……」
答えるアマーリエの声は掠れている。ここが天界で良かった。地上だったなら、大神官として自信ある態度を取り続けていなければならなかった。例え胸が押し潰されそうな不安と焦燥を抱えていても、それを気取られないように。
同時に、呼吸するかのような自然さでそれをこなして来た先達やランドルフたちは、やはり凄いのだと痛感する。
「聖威師の滞留継続の可否を決める、高次会議用の委任状もあったのです。それも無くなっていました」
委任状は、聖威師全員が全会議分を作成していた。地上で高位神器の暴走が複数同時に起これば、地上番以外の者も緊急で戻らなければならないからだ。万一そのような事態になり、急遽会議を欠席することになっても良いよう、全ての会議の委任状を事前に作成しておき、天界にいる聖威師が順番に管理することになっていた。
「申し訳ありません、私の不手際で紛失してしまいました。全ての委任状を小箱にまとめ、さらに大きな箱に入れていたところ、小箱ごとなくなっていたのです。開かれた気配はしないので、中を荒らされていることはないと思うのですけれど」
万一にでも委任状を汚したりしないよう、小箱は開かないようにしていた。封を解除できるのは神格を持つ者だけ。正規の手順を経ずに開ければ、それが神々と聖威師に伝わる。だが、それはあくまで汚損予防の措置だ。持ち去られることは想定外だったため、盗難防止の結界などは張っていなかった。
「ただ、封を開けないまま小箱ごと燃やされたりしている可能性もないとは言えません」
こちらが最も恐れているのは、その可能性だ。小箱ごと中身を破棄されてしまえばどうしようもない。
「とても大事な物なのに、どうすれば……」
『アマーリエは箱から出していないのでしょう。であれば、誰かが持ち出したのです。盗難と紛失は違います。あなたが失くしたのではありません』
フルードが慰めてくれるが、アマーリエに優しい表現にしてくれただけだ。盗まれたのだろうが失くしたのだろうが、委任状が手元から消えた事実は変わらない。まぎれもない失態だ。
『お兄様、聞く間でもないことですが、過去視や遠視、透視はなさいましたか?』
『さっきやった。だが、視えなかった』
『となると、お兄様と同格以上の神が関与している……?』
難しい顔になったフルードに変わり、アシュトンが落ち着いた声で言う。
『委任状は、神々のまとめ役である煉神様と葬邪神様が作成なさったもので、複製不可能な代物と聞いています。各神に対して一会議一枚分ずつしか配布されず、管理は個々で行うことになっていたはずです』
男装姿を解いたアシュトンは、聖威師時代は短く切り揃えていた髪を伸ばし、言葉遣いも女性のものに戻していた。本来の素はこちらなのかもしれない。纏うのは上品な薄桃色の神衣。ところどころに、アクセントのレースが付いている。
『二神に事情を説明し、故意の紛失でないことが認められれば、新たな用紙をいただいて書き直すことはできるでしょう。しかし、大なり小なり騒ぎにはなるでしょうから、最終手段です』
ありがとうございました。