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42.生き餌の愛し子

お読みいただきありがとうございます。

 真っ黒な眼窩(がんか)を三日月の形に歪め、骸骨(がいこつ)の姿となったラミルファが、耳障りな音を立てながら体を揺らしてケタケタと嗤う。白き(むくろ)と化した体には無数のウジ虫が這い回り、絶え間無く蒸気を纏う黒炎が噴き出している。


 黒炎の熱を浴びた祭壇や装飾品が見る間に腐り落ち、ガラガラと倒壊を始める。その一部は勢いよく弾けて神官たちの方に飛び、斎場のあちこちから悲鳴が上がった。


 先日シュードンを燃やした時の炎よりも、格段に効果が強い。やはりあの時は、シュードンをいたぶるためにあえて威力を弱めていたのだ。


「炎から距離を取って! 煙や熱風を吸い込まないように! 腐敗した物にも触れてはいけません、悪神の気に侵食されます!」


 フルードが叫び、自身の聖威を炸裂させて稲妻よりも早く動いた。握りしめた手の中から光が溢れ、蜃気楼のような揺らめきと共に一振りの杖となって顕現する。

 神官たちの前に身を踊らせ、八の字を描くように杖を回すと、軌跡に沿って引かれた光の帯が弾丸と化して迫り来る祭壇の破片を一掃した。


『おヤ、狼神様ノ神器か。……だガ、今の行動ハどういウことかナ? 聖威師は神に刃向かッてはいケないはズだがね』


 ラミルファがガシャンと音を立てて首を傾けた。アマーリエはフルードの手に出現した杖を見つめる。


(狼神様の神器……!)


 聖威師は神だが、神性と神威を抑えている身なので、自身で神器を創生することはできない。寵を受けた神あるいは他の神から賜るか、神格を解放して天に還った後、自身の神威で創り出すかのどちらかだ。あの杖には、狼神の毛と同じ色の房飾りが付いていた。

 フルードが姿勢を正してラミルファを見据えた。


「貴き神よ――貴方様に逆らってはおりません。祭壇の残骸を弾いただけです。神ご自身への手向かいはできずとも、二次被害への対処は許容されているはず。また、少し黙って見ていよという御神命を受けましたが、その『少し』の時間は既に経過したものと認識いたします」


 追随する形で、他の聖威師が斎場の隅に固まった神官や王族たちの前に出た。


「この者たちが危機に晒されるならば、それを防ぐは我らの役目」


 おそらく神器だろう、鮮やかな孔雀の羽でできた扇を閃かせた当真が、凛と前を見据えて言う。聖威師たちの様子を見た骸骨は愉しそうに嗤う。


『あァ、そうイうこと。分かッた、分かっタよ。納得しタ。神格ヲ持つ君たチはボクの大事な同胞ダ。今回ハ見逃ソう』


 神は同じ神に対してはとても慈悲深く、情に篤いとされるが、それは悪神であっても同様らしい。ラミルファの後ろに控える従神たちも、仕方がないと言った様子で肩を竦めていた。

 ウンウンと頷いたラミルファが、眼窩を三日月の形に歪めた。底の見えない空洞が恐ろしい。


『だが、ボクの愛シ子はダメだ。コレはもうボクの領域下にあル。君たちに権利はなイ。れフィー、こちらにオいで』


 直後、ミリエーナの体が浮き上がる。


「いやぁぁ! やめて! 助けて、助けてシュードン!」


 ミリエーナが泣き叫び、近くにいたシュードンの袖を掴んで縋るが、シュードンは顔面蒼白で腕を振り払い、元恋人を引き剥がした。


「やめろよ、俺まで巻き添えを食うだろうが! は、ははは、婚約破棄して正解だったな。俺はもうお前とは無関係なんだよ! お前一人で悪神に遊ばれてろ、俺はまともな神の神使になるからよ! あの時振ってくれてありがとな、あばよバカ女!」


 あまりの言い様に、周囲の神官たちがドン引きしている。

 乱暴に突き飛ばされたミリエーナは大きく弧を描き、ラミルファの前に投げ出された。


「きゃああぁぁ! いや……助けてえぇ!」

「――――!」


 神器を握りしめた聖威師たちが、そろって眉を寄せる。だが、動かない――動けない。

 ディモスに向かって必死に治癒をかけていたアマーリエは、堪らずにフレイムを振り仰いだ。


「ミリエーナが! ねえ、聖威師でも何とかできないの?」

「愛し子に対する権利は主神にある。正式な誓約が結ばれた以上、どうしようもねえよ」


 そして、チラリと山吹の瞳を動かし、上空を見た。彼が見ている先を追ったアマーリエは、瞬きする。


(あの鳥……)


 いつからいたのか、あの桃色の小鳥が、じっとこの場の様子を観察している。


「……け、けれど、神は神同士には気遣いを見せるのでしょう? 悪神ですらそうしているじゃない! ミリエーナは聖威師だわ、神々の同胞になったのではないの!? なのに誰も助けてくれないの?」


 小鳥から視線を戻し、必死で反論するアマーリエに、フレイムは申し訳なさそうな顔をしながら説明してくれる。


「悪神の聖威師は違うんだよ。普通の神の愛し子は、天の仲間入りを果たすために神格を与えられ、本当の意味で神になる。だが悪神の愛し子は、決して壊れない生き餌にするために神性を刻み付けられるだけだ。だから神威も使えねえし、普通の神からは同胞と扱われない。身内じゃなくあくまで生き餌と認識される」

『ねぇネぇ遊ボうよ、レふィー』


 ケラケラと嗤うラミルファの声に呼応したかのごとく、その身を這っていた蛆虫が次々に飛びかかり、ミリエーナの白く柔らかな肢体に一斉に食いついた。


「ぎいぃぃぃやああああぁああぁぁぁ!!」


 おおよそ人のものとは思えない、遠吠えのような絶叫を上げ、ミリエーナが手足を振り回しながら地面に転がりのたうった。


「ミリエーナ!」


 ディモスへの治癒を中断して駆け寄ろうとしたアマーリエは、フレイムに制止される。


「行くなアマーリエ! お前が行っても何もできねえ!」

「でも――お願いミリエーナを助けて! 大嫌いな妹だけれどこんなことになって欲しいなんて思っていないわ!」

「……すまない。今の俺じゃあいつに太刀打ちできねえ。いや、従神にも勝てないだろう。神使としての力しか使えねえんじゃ……」


 フレイムが拳を握りしめて目を伏せた。


「邪神様、何卒お慈悲を」


 フルードが再びラミルファの前に移動した。杖を消して全身から力を抜き、無防備な丸腰となって片膝を付く。アマーリエを含めた神官たちが息を呑み、フレイムがギョッとしたように目を見開いた。


『おっト危ナい!』


 いささか慌てた様子で、ラミルファがすんでのところでフルードに当たりそうだった蛆虫と黒炎を消した。


『まッたく、さっキといい今といイ、君に当たっタらドうするンだい』


 おどけた調子で言う骸骨に、叩頭したフルードが重ねて懇願する。


「貴き大神よ、どうか……!」

『……ふふ、君ガ頼むなラ、いイよ』


 一拍置いて、ミリエーナにたかっていた無数の蛆虫が消えた。

ありがとうございました。

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