33.幸せなひととき
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「うーん、美味しい〜!」
野菜たっぷりのコンソメスープ。バターとハチミツを利かせたふかふかの白パン。新鮮なトマトと葉物が瑞々しいコンビネーションサラダ。とろけるような食感のレアステーキ。ディップするソースは、甘酸っぱいワインソースと濃厚なチーズソースの二種類。三層のムースとシフォンケーキにホワイトクリームと生チョコをふんだんにデコレーションしたミニパフェ。輝くジュレを塗ったフルーツの盛り合わせ。
果肉たっぷりのストロベリージャムを塗った白パンの甘さに目を細め、アマーリエはうっとりと頰に手を当てた。一口大に切ったステーキをワインソースに浸して頬張れば、分厚い肉が舌の上で溶けていく。
(ここは間違いなく天国だわ……)
久方ぶりにゆっくりと味わうフレイムお手製の料理――しかも出来立て熱々――は、やはり次元が違う。あまりの美味しさに魂が抜けてしまいそうだ。しかも、わざわざ地上の食材を使って作ってくれた逸品ばかり。
(駄目よ私、しっかりして。夫の手料理が絶品すぎて完全昇天した大神官なんて、笑い話にすらならないわよ)
別の意味で伝説になりそうである。
『ユフィー、顔が溶けてるぜ。そんなに美味いのか』
笑いを堪えているような顔で、フレイムがドリンクを注いでくれる。レモン果汁を溶かし込んだスパークリングウォーターだ。度数の低いカクテルも考えたが、真っ昼間なので酒はやめておいた。
「この5年、フレイムが地上にいなかったじゃない。ストックできる物を転送してくれるか、単発降臨の時に作ってくれた料理を急いで食べることが多かったから。作りたてをのんびり食べられるなんて幸せだわ」
『そりゃ良かった。お前が喜んでくれるんなら作った甲斐があるってもんだ』
ここにラミルファがいれば、潰れたり溶けたり忙しいな君は、と笑われただろうか。嬉しそうに相好を崩していたフレイムが、話題を変える。
『ところで、ランドルフと当利はもう地上に行ったのか』
「ええ。委任状を預かっているわ。今日の神会議は夜に行われるのよね?」
天界にある備品に関する議題なので、聖威師には直接関係のないことだが、表決権を持つ限りは出た方が良いだろう。
『ああ。開催まで時間はたっぷりある。やることがないんなら、午後は天界の案内とかしてやるよ』
「本当? だったら結晶花が咲いている草原に行ってみたいわ」
『結晶花か。人間界では透明度で価値が変わるんだったか』
「ええ。色に関わらず、透明な物ほど価値が高いの。向こうが透けて見える物なんて、目が飛び出して戻って来ないような法外な値段で取り引きされているわよ」
『結晶花自体に特別な能力は無いんだがな。名前の通り、花弁も茎も結晶でできた花ってだけだし、天界じゃ透明なのだって普通に生えてる。人間界で言えば、道端に咲いてるクローバーみたいな感じだ』
人界では超高級品扱いされる代物も、天では大した価値はないらしい。スープをすくいつつ、何となく物悲しくなってしまうアマーリエである。
『結晶花なら、外に出なくても俺の領域の神苑にある。好きなだけ持ってって良いんだぜ。一緒に見に行くか?』
「嬉しいわ、ありがとう! 今朝、朝食の後でフレイムが席を外したでしょう。その時にマイカが話してくれたのよ。フレイムが昔、結晶花で髪留めを作ってプレゼントしてくれたって。キラキラして素敵ねって、一緒に盛り上がったの」
サラダを口に運びながら言うと、山吹色の目が瞬いた。
『マイカの奴、そんなこと言ったのか。……精霊時代の話だよ。火神系列の神が複数柱参加する神事があってな、その準備を担当することになった精霊グループで幾度か集まる内に、今度全員でプレゼントを交換しようってなったんだ。俺は結晶花を適当に加工して作ったのを渡した。女の精霊たちには髪留め、男の精霊たちにはブローチ』
言ってみれば量産品なので、マイカと同じ髪留めを持っている女性の精霊は複数いるという。まだ捨てていなければの話だが。
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