32.最後の一票は
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ドス黒い神威の靄が立ち込め、中からヒラヒラと一枚の紙が舞い落ちる。狙ったように掌中に飛んで来たそれを掴み取ったブレイズが、軽く瞳を見開いた。
『シュナからの委任状だわ。音沙汰がないからてっきり放棄したと思っていたけれど、違ったのね』
この場にいない遊運命神シュナイツァーが、書面を送って来たらしい。横から覗き込んだ葬邪神も双眸を眇める。
『走り書きのメモが付いているな。なになに……〝遊戯に夢中になって届けるのを忘れていた。すまん〟……アイツらしいなぁ。で、肝心の内容は――本会議の表決に関する自身の権限を、聖威師たちに委任すると書いてある。となれば当然、滞留継続に票が入るな。シュナの奴、尊重派に回ったか』
場がざわめいた。これで帰還と継続が同数だ。フレイムやラミルファ、フルードたちが一様に胸を撫で下ろしている。ルファリオンや魔神、戦神と闘神も安堵を滲ませていた。
(遊運命神様……! ありがとうございます!)
最初は自分たちを襲って来た遊運命神だが、それは聖威師が本当は還りたがっていると誤解していたからだ。彼自身は一貫してこちらの意に応えて助けようとしていた。思考としては尊重派なのだろう。
高位の神々が顔を突き合わせて何やら言葉を交わし、小さく頷き合う。一歩前に出た葬邪神が宣言を発した。
『皆、意思を表明してくれたことに礼を言う。表決の結果、帰還と継続が同数となった。ゆえに当初の予定通り、最終的な結論は高次会議に持ち越しとする』
一瞬の沈黙が場を支配した後、神々が仕方なしといった風情で、一斉に溜め息を吐きながら低頭した。ランドルフが唸る。
「高次会議……色持ちの神だけが列席する最終決定の場ですねー。聖威師で参加できるのは、アマーリエ大神官、リーリア神官長、ルルアージュ神官長、当利大神官、祐奈神官長、僕の6名」
アマーリエを始めとする選ばれし神の愛し子も、高次会議への参列権と表決権を有している。神性を抑えているがゆえに、会議での席は下位神よりも末座だが、高位の神格を有している事実は不変なので、高次会議に参加する権限はあるのだ。一種の矛盾状態になっているが、そもそも神が神格を抑制して人間に扮すること自体がねじれ現象なので、このようになってしまうのだという。
「俺たちは高次会議には参加できないな」
「色持ちじゃないものね」
『主たちに任せるしかありません』
大樹とミンディ、ラモスが小声で囁き合っている。ラモス、ディモス、ミンディ、アンディ、大樹、高芽、美種は高位の神格を得ていないため、参列できるのは通常の神会議のみだ。マーカスに金剛神と水晶神、桜梅桃の女神も同様である。
「とは言えど、高次会議とてすぐに始まるわけではないでしょう。他にも議題はたくさんあるのだから。その間は持ち回りで地上番をこなすことになるわ」
祐奈の言葉に、アマーリエたちは頷いた。それほど長く神官府を空けておけない。本日は聖威師にとって最重要である滞留継続の会議なので、全員で出席しているが、他の議題の日は交代で地上に戻ることになるだろう。
「高次会議の日は、大樹たちにその役目をお願いしても良くて?」
「少しでも不安なことや分からないことがあったら、すぐ念話するように。きちんと指示を出すから」
「「分かりました」」
ルルアージュと当利が交互に告げ、大樹たちは神妙な面持ちで頷いた。
「他の議題の日は、わたくしたちも交代で地上番を行いましょう」
「最初に決めた順番通り、まず僕と当利大神官が戻りますー。出席できない会議の分は表決書か委任状を書いて預けておくので、天界に残っている聖威師に提出してもらうってことでー」
一時昇天の前に打ち合わせていた段取りを、リーリアとランドルフが再確認する。
『良かった……間一髪でしたね』
「ええ、どうにか首の皮一枚繋がりました」
マーカスが肩の力を抜き、アマーリエも脱力したように息を吐き出した。もはやここまでかと思ったが、この場は何とかしのげた。
『今日の会議はここまで。解散とします』
ブレイズが終了の宣告を鳴らし、この場はお開きとなった。
ありがとうございました。