31.予備会議は並行線
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『聖威師たちは神なのですから、天にあるべきです。天と地、神と人を分けることは、我ら神々自身が決めた原則ではありませんか』
『だが、その原則も踏まえた上で特例が定められ、地上滞留が許されて来たわけだろう』
『ですから、その特例を廃止にしようと申しているのです』
歓迎の熱気も冷めやらぬ中で開催された神会議。重要な題目の一つである聖威師の滞留を継続するか否かについて、議論は並行線の一途を辿っていた。最終決定は高次会議で行われるが、神々全体が参加する予備会議も開かれることになったのだ。現在はその真っ最中である。
強硬派と穏健派を合わせた帰還賛成派と、尊重派の言い分は堂々巡りを繰り返す。腕ずくで聖威師たちを帰天させることは取りやめた強硬派だが、昇天を推進していることは変わらない。
「開始から話が進みませんね」
『天界では、今まで長年に渡ってこのやり取りが繰り返されて来たそうです。しかし、結論が出ないまま正式な会議にもつれ込んでしまい、今もまた同じ内容を言い交わしています』
神々が集う会議場にて、アマーリエがひそひそと話している相手は、下座にいるマーカスだ。アマーリエ自身は高位の神格を持っているが、現在は神性を抑制している身なので、聖獣たちも含めた聖威師全員で末席に座っている。フレイムは上座にいるため、場所が離れてしまうことは寂しいが、やむを得ない。
「有利なのは帰還派ですかしら。強硬派と穏健派が合わさっている分、数も多いことと思いますわ」
リーリアが暗澹たる雰囲気を滲ませて呟く。話し合いで結論が出なければ、神々による表決が行われる。そうなれば当然、頭数が多い方が勝つ。だが、マーカスの返答は意外なものだった。
『そうとも言えません。5年前、強硬派が天堂になだれ込み、神々が乱闘になった時があったでしょう。あの時、オーネリア様やライナス様方が体を張って強硬派に取り縋り、涙ながらに聖威師側の想いを直訴されました。それにより、強硬派と穏健派に迷いが見られ始めたのです』
5年前のことを知らない大樹たちはキョトンとしていたが、アマーリエとリーリア、ランドルフたちは表情を変えた。
『あの一件で、滞留が廃止になれば聖威師の心を深く傷付けてしまうことが明確になりました。それを受け、強硬派と穏健派の何割かは、今回の神会議で表決権を放棄する意向を示しています。また。一部の穏健派は尊重派に変わって下さいました』
「えっ……」
思いもよらない言葉に、アマーリエは瞠目した。当利が顎に指を置きながら聞く。
「では、現時点での最終的な数は……?」
『おそらく両派が拮抗しているかと思います』
マーカスが難しい顔で答えた時。
『静かに。議論は一度やめなさい。これ以上の主張は出て来ないようだし、どちらの言い分にも一理があるから、ここで表決を取るわ』
上座で視線を交差させていた色持ちの神々を代表し、ブレイズが立ち上がった。
『帰還か滞留継続か、自分が支持する方に手を挙げて。挙手しなかった者は表決権を放棄したとみなします』
意思表明の方法は挙手だった。神威を使ってカッコよく表決すると思っていたアマーリエは内心で拍子抜けしたが、シンプルで良いかと思い直す。
『ではまず、帰還に賛成の者』
膨大な数いる神々が、自らが沿う選択肢の方に手を挙げる。数を確認するブレイズも神。どれだけ表決者の数が多くとも、一瞬で正確に数えることができる。結果は、一票差で帰還派が多かった。
ちなみに、フルードの内にいるもう一柱のフレイムも表決権を持っているが、俺の分もまとめて入れとけとアマーリエのフレイムに権限を委任しているそうだ。同時に、そんな手段が可能ならばと、同じように自分を増やすことで持ち票をカサ増ししようとする神が出ないよう、票数を得る目的で己を増やすことは禁止になっているらしい。
結果を受け、葬邪神が眉を寄せて腕組みする。
『たった一票違いか。超絶に僅差だな、これでは、未だ寝入っている僅かな眠り神の選択次第で結果がひっくり返る。ブレイ、眠り神とコンタクトは取れんか?』
『試してみたけれど、眠りが深くて夢経由での接触もできないのよ。まだ寝ている神たちは棄権扱いにするしかないわ。フレディは表決権を事前放棄しているのよね?』
『ああ。世界を放浪する旅に出る前にな。もし自分が不在の時に神会議が開催された場合、自分の議決権は放棄すると表明しておる。ツォルからも、面倒だから放棄すると念話が来た』
『そう……ならば一票差は変わらないのね』
ブレイズの言葉に、アマーリエたちは一様に硬い顔になった。予備会議とはいえ、ここでの結果は高次会議に大きな影響を及ぼすと聞いている。僅か一票差で、自分たちはもう地上にいられなくなってしまうのだろうか。
(そんな。これで終わりかもしれないの?)
膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた時、空間が揺れた。
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