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30.僕のお兄様 後編

お読みいただきありがとうございます。

 『お兄様』は、アマーリエに指輪の神器を与えた。アマーリエに危機が迫った際、確実に自分と繋ぐことができる力を込めた物だ。逆に言えばそれしかできない、ただフレイムを呼ぶだけの神器。他には何もできない、何の力も有していない。

 だが、それで良い。どんな脅威が迫ろうとも、フレイムが行って守れば良いだけの話だからだ。『お兄様』の最優先は、もう愛し子になったのだから。


 そして、そうなることをあらかじめ見越していたからこそ、フルードには別の己が宿る神器を与えた。もしもの時、自分自身は行ってやれないかもしれないから。自分が行けなくとも自分が守ってやれるように、全ての力を宿す神器を授けた。


 今日、天馬に吹き飛ばされて神罰牢へと続く暗闇に落ちた時も、こちらのフレイムは穴の中で顕現し、ラミルファと共にフルードを助けてくれた。脱出するとすぐにフルードの内へ戻ったので、直後に上がって来たアマーリエとは入れ替わりになってしまったが。


 『僕のお兄様』がいるから、フルードはアマーリエを妬まない、恨まない。その必要がない。自分のフレイムがいてくれるからだ。


『セイン』

『はい』


 この上なく優しい声で名を呼ばれる。大きな手に頭を撫でられているのと同じ安心感と心地よさが満ちた。


『考えは変わらないか』

『考え?』

『クソ貴族の子が幸せになるのを見届けたいって話だ』

『ああ、ガルーンの子のことですか』


 かつて自分に地獄の真髄を見せた輩。その実子を救おうとするフルードの姿は、アリステルに言わせれば狂気の一言らしい。お前の頭には、砂糖水を養分にする花畑でも広がっているのかと大真面目な顔で聞かれた。だが、それでも考えを変えるつもりはなかった。


『かつて懇願を受けました』


 呟いた声が、静寂の大気に沁み入っていく。


『渾身の請願でした。()()の魂そのものを賭した最期の願い。僕のお兄様も、僕の中からご覧になっていたでしょう』

『だが、お前はその願いを叶えるという返事はしていない』

『叶えないとも言っていません。どこまでできるかは分からないが、可能な限り善処することを検討する、と言いました』

『で、今の状態になったわけか』

『はい』


 頷くと、山吹色の目が眇められた。


『ったく。あの請願さえなければ、お前は5年前、クソ貴族と面会なんかしてなかったってのに』


 フルードがまだ地上で大神官をしていた頃、リーリアやオーブリーを巻き込んだ偽聖威師の騒動が起こった。葬邪神の意を受けた邪霊が神に成りすまし、標的に接触して寵を与えたフリをし、愛し子になったと勘違いさせるものだった。ガルーンもその標的の一人だった。


 真相が明かされ、全てがぬか喜びだったと知ったガルーンは、最後の機会を求めてフルードとの面会を要望した。通常であれば、即座に却下となるはずのそれが実現した理由の一つは、フルードがガルーンに会うことを了承したからだ。


 そして、フルードが承諾した理由の発端となったものが、かつて()()()()から受けていた懇願だった。


『あの女、余計なコトしてくれやがった』

『そのような無慈悲なことを仰せにならないで下さい。彼女も必死だったのです』


 悲しそうに眉を下げたフルードを見て、フレイムの纏う気配がふんわりと綻ぶ。正確にいえば、元から穏やかだったものがさらに柔らかくなった。


『慈悲を持てってのは無理だな。俺が慈心を抱くのはお前に対してだけだ』


 そして、限りない温もりを放つ目で続けた。


『お前にはもう余計なことを考えず、ただ幸せになって欲しい。お前はずっと苦痛と共に生きて来たんだ。聖威師になってからだって、神器鎮静や神鎮めで怪我を負っていた。最期の時なんか、どれだけ痛かったか』

『あれしきの傷程度、とうの昔に慣れています。四肢切断に全身損傷くらい、ガルーンの拷問や聖威師の通常任務でも幾度も負って来たのですから』

『いいや違うな。あれは最高神の特殊神器で負わされた傷だった。だから、神罰牢並の苦痛を伴っていた。そうだろ。……本当に良く頑張ったな』


 底無しの労りが込められた声が、耳朶に沁みていく。

 そう、フルードは今際の死闘で、神罰牢に入れられたのと同等レベルの苦痛を感じていた。過去に高難度の務めをこなした際も、それに準ずる状態になったことはあったが、最高神全柱の神威で傷付けられたあの時は、より強大な痛みに苛まれていた。それでも悠揚(ゆうよう)たる態度を維持して笑っていたのだ。最期の最期まで、頼れる大神官であり続けるために。

 一歩どころか半歩間違えれば廃神になっていたが、神々により直に鍛えられ、大公家と一位貴族の者に匹敵する心技体にまで叩き上げられたフルードだからこそ耐えられた。

 これは、アマーリエとリーリアにはまだ言えない事実だ。あの子たちにはショックが大きすぎる。アシュトンとランドルフたちは分かっているはずだが、やはりアマーリエたちには伝えていないようだった。


『……アマーリエとリーリアには内緒にして下さい』

『お前の望みなら』


 即答したフレイムは、整った眉を寄せた。


『お前がやっと天界に還って安息の時を迎えたと思ったら、すぐにあの天地狂乱騒ぎが起きて、それが収束しても今の今までクソ貴族の子のことを気にかける』


 もう地上のことは気にしないで欲しいんだがな、とひとりごちが後で、ふと眦を下げて続けた。


『だが、それでも俺はお前の意思を何より尊重する。例え全ての神が反対しようと、俺はお前の想いに添う。だからクソ貴族の子どものことも、お前は自分の思う通りにすれば良い。俺はお前のためだけにいる。どこまでもお前の味方でいるんだぜ』

『ありがとうございます!』


 パッと顔を輝かせると、ひょいと手が差し伸べられた。


『ま、この話はまた今度だ。お前、もうヘロヘロじゃねえか。ほら、行くぞ』

『どこに行くんですか?』

『お前の部屋だよ。転移させてやるから。そんで今日は寝ろ』


 キョトンとしたフルードは、苦笑混じりに告げられた返事を聞いて素直に頷く。


『ああ、そうですね。はい』


 ほろ酔い気分のままにっこり破顔して兄の手を取ると、その力に身を委ねた。転移が発動し、二神の姿がふっとかき消える。


 誰もいなくなった回廊に、一陣の風だけが吹き抜けた。

ありがとうございました。

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