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28.私のフレイム 後編

お読みいただきありがとうございます。

(危ないところだったわ)


 火神にとって、フレイムの妻であるアマーリエは義娘だ。フルードのことも、フレイムの弟なら自分の義息子だと言い張って大切にしている。ブレイズとルファリオンも同様に、アマーリエとフルードを義弟妹として可愛がってくれている。

 そして火神一族は、一部の例外を除けば世話焼き体質であり、身内が害されると盛大に怒るらしい。それはもう激しく。


 ……余談だが、火神とブレイズは今回の一時滞在でも、アマーリエのために大量の精霊を遣わしてくれている。入浴時にズラリと並んで世話をしてくれようとしたので、一人で入れますと必死で断った。どうもアマーリエを手厚くもてなすよう厳命されているらしい。


 整列した精霊の中にはマイカの姿もあった。イグニスの衣の件でアマーリエに助けられたという恩義を感じているらしく、自分から火神に嘆願してアマーリエ付きに臨時派遣してもらったのだという。


『燁神様に賜ったご恩をお返しいたします! 精霊時代のフレイム様との思い出など、いくらでもお話しさせていただきます!』と意気込み、他の精霊たちにやんわり止められていた。しかもヨルンまでそこに加わっていた。もちろん彼は、入浴時は別の持ち場に控えていたが。


「苦労をかけてごめんなさい」

『良いってことよ、ユフィーのためならこのくらい何でもない』


 軽く茶目っ気を乗せて片目を瞑るフレイムを眺めていると、フルードに言われた言葉が蘇った。天馬暴走事故の後、美種たちを主神に託して宴の会場に戻る途中、隣を歩く彼にコソッと囁かれたのだ。



 ――言った通りだったでしょう。今あなたの前を歩いているお兄様は、いざとなった時、あなたを誰より何より優先するのです



 アマーリエとフルードが、同時かつ別々に神罰牢の穴に落ちた時。フレイムは迷うことなく、かつ真っ直ぐに愛し子の方へ駆け付けた。そのことを言っているのだ。

 神は無数に分身したり、同時に幾多の場所に存在することができる。だが今回に関しては、馬に浸透した風神の力と、穴を開けた禍神の力も関与していたため、フレイムには余裕がなかった。妻か弟、どちらかしか助けられない状況だったのだ。その極限下で、フレイムは前者を取った。

 あの場にはフルード第一主義のラミルファもいたがゆえの選択だろうと返したアマーリエだが、それは違うと否定された。



 ――例えラミ様がいなくとも、結果は同じでした。私には分かります



 そう告げたフルードの目に、嫉妬や羨望と言った感情は欠片も見当たらなかった。寂寥や悔しさなども皆無であり、ただただ大事な兄が最も優先すべき存在を手にしたことへの喜びで満ちていた。



 ――私たちの目の前にいるお兄様は、あなたを第一にするあなたの焔神様なのですよ、アマーリエ



()()()()()()……)


 心の中でその言葉を転がすと、ポッと炎が灯ったように胸が暖かくなる。魂が喜んでいるのだ。目の前にいる彼は、自分を何より優先してくれるのだと。事実、天馬の暴走事件が終わった後はアマーリエに付きっ切りで、今もこうしてここにいる。


(他の誰より私を一番にしてくれる)


 思い起こすのはフルードの姿だ。宴に戻ったフルードもそれなりに飲んでおり、最後は覚束ない足取りでラミルファと狼神に付き添われて退室したが、フレイムは弟に付いて行かなかった。ずっとアマーリエと共にいてくれた。それが素直に嬉しくて、照れ隠しのように言葉を発する。


「フレイムだって疲れたでしょう。お礼に肩でも揉んであげるわよ」

『いや、別に平気だ。むしろ俺の方が揉んでやるぜ』


 カラッと笑うフレイムとじゃれ合うようにしてベッドに倒れ込む。ふかふかのマットレスに体が沈んだかと思えば、逞しい腕に引き寄せられた。互いの体が密着し、力強い鼓動が伝わる。薄い夜着を通して感じる体温が、身の奥に疼く熱をかき立てた。


『ユフィー……ずっとこうしたかった』

「ええ、フレイム。私も――」


 こちらを見下ろす山吹色の瞳が、愛しさを溢れさせて輝いている。アマーリエの目の縁に透明な膜が盛り上がり、ツゥと流れ落ちた。


『泣かないでくれ、ユフィー』

「良いのよ、これは嬉し涙だから」


 愛妻の頰を伝い落ちる雫をペロリと舐め取り、フレイムが唇を重ねて来た。舌と唾液が絡まり合う濃厚なディープキス。口が塞がったため、念話が届く。


《ユフィー、愛してる》

《私だってそうよ、フレイム》


 甘やかな思念と共に雲雨の情を交わしながら、アマーリエは静かに目を閉じた。

ありがとうございました。

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