25.風神の裁定
お読みいただきありがとうございます。
『燁神様、お怪我は!?』
『このような不始末を……大変申し訳ございません!』
ひれ伏さんばかりの体勢で陳謝する精霊たちの頭上から、抑揚のない美声が降り注いだ。
『この駄馬を神罰牢に入れよ』
ラミルファだ。物騒な台詞にギョッとしたアマーリエが顔を向けると、表面上は感情の起伏を見せていない双眸の奥に、稲妻のような激昂が閃いていた。
『焔神様の――いや、焔火神様の愛し子を危機に晒し、我が宝玉までも巻き込んだ。火神様と禍神の最愛を同時に窮地に落とし込むとは何事か。許せる所業に非ず』
「ラ、ラミルファ様……!」
「お待ち下さいラミ様」
底知れぬ怒りを隠そうともしないラミルファに、同胞を相手にしている時の優しさは皆無だ。アマーリエとフルードが取りなそうとし、フレイムも口を開く。
『お前の気持ちは分かるが、コレは風神様の馬だ。まずは風神様に話を通して――』
『邪禍神様の提言を受諾するわ』
だが、その言葉に重ねるように、涼やかな声が場を駆け抜けた。全員が同じ方向を見る。烈風が吹き荒び、緑の長髪と瞳を持つ神が顕現した。隣には狼神も控えている。
『『風神様』』
アマーリエが平伏し、フルードが片膝を折り、フレイムとラミルファが軽く一礼した。
『楽になさい』
真緑の神威を帯びる女神はフレイムとラミルファに目礼を返してから、柔らかな声で言う。そして、打って変わって絶世の顔に険相を滲ませた。
『この状況を見れば、何があったかは分かるわ。何という不祥事。この愚かな獣を神罰牢へ放り込みなさい』
「ふ、風神様に申し上げます! この子は非常に聞き分けが良い馬でした!」
絶体絶命の天馬を見過ごせず、アマーリエは必死で擁護した。
「ですけれど、剣が――そう、石柱の剣が落ちて来て、この子の体に当たったために驚いてしまったのです。不運な事故です! いきなり重い物が落ちて来れば混乱もします!」
言い募りながら、むくむくと湧き上がる嫌な予感に冷や汗を流す。
(こ、この言い方はまずかったかしら。次は石柱を管理していた者が責められてしまうかもしれないわ。馬を引いていた精霊たちも……。けれど、事故が起こった場面は皆が見ていたのだから、ここで黙っていてもいずれ分かってしまうことだし――)
悶々としていると、フルードが援護射撃をしてくれた。
『結果論なれど、アマーリエと私に怪我はありませんでした。また、現在はめでたき宴の最中。一時とはいえ同胞たる聖威師が昇天した吉事の只中でもあります。この慶事に免じ、此度の件に関しましては何卒恩赦を。せめて神罰牢だけはご容赦願えませんでしょうか」
フレイムが瞳を和ませ、ラミルファが口元を緩めた。お前たちらしい、と内心で呟いているのが手に取るように分かる。
『ユフィーが言うなら、俺は馬を責めないことにする』
『我が宝玉の願いならば仕方なきこと。先ほどの提言は撤回しよう。だが、最終的な判断をされるのは馬主たる風神様だ』
決定権を持つ風神は、思案するように目を眇めた。皆が無言で裁定を見守る。
『……邪禍神様と焔火神様が納得され、危害に遭った当事者たちも赦免を望むならば、その意を汲みましょう。この馬への重罰は免除し、三等下の厩舎へ移動とするわ。馬を牽引していた精霊らは、一定期間の謹慎及び三階級の降格とします』
ありがとうございました。