22.天界の馬
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『いいえラミ様。お兄様が狼神様を止めて下さっている最大の理由は、アマーリエが私に付いてくれているからですよ。この件においては、アマーリエも私に味方してくれる数少ない例外ですから』
フルードの優しい双眸が、フレイムとアマーリエを交互に見た。
『アマーリエ。狼神様を引き止めて下さっているあのお兄様は、もうあなたのことが第一なのです。私のこともとても大事にして下さいますが、本当にいざとなった時に最優先するのはアマーリエです。それは覚えておくと良いでしょう』
そして、薄い唇から小さく吐息を漏らす。
『いずれにしても、現在もガルーンの子の状況が変わっていないのは分かりました。私自身、先祖の行いのせいで神罰という火の粉が降りかかり、辛酸を舐めた身。ラミ様に出会うという奇跡を引き当てていなければ、地獄の果てを超えた底まで叩き墜とされていたでしょう』
だからこそ、類似の境遇にあるあの子には幸せになって欲しいのだと、絞り出すような声で言った。
『親や先祖が犯した罪のとばっちりが子孫に飛んで来るなど、とんだ迷惑です。あの子には何とか幸せになって欲しい。例えあのガルーンの実子であっても。と言っても、具体的に動けるわけでもなし、ただ願うことしかできないのですが』
「私も見守ることしかできなくて……。歯がゆいですね」
それでも、理由をこじ付けて強引に助けようとまではせず、あくまで見守るだけ、というところがフルードの性情を表している。ガルーンの子の幸福を心から願いつつも、それが叶わないから叶わないで仕方がないと割り切っている。
エイリーには天恩を下賜したにも関わらず、ガルーンの子のことは静観に徹しているのは、エイリーの時に比べて狼神たちの目がかなり厳しいかららしい。
『もし可能ならば、今後も時々で良いのであの子の様子を確認してくれますか。もちろん、するしないも、する頻度も範囲も、全てアマーリエの一存で自由に決めて下さい』
「ええ、もちろん確認を継続します。何か変われば連絡します」
この問題への対応に、正解や不正解はない。強いて言えば、フルード、ガルーンの子、ランドルフや狼神を含む神々、全員の言動に一理がある。ただ、それぞれの立場や考え方が異なるだけで。
(難しいわね)
胸中で唸っていると、『本当にありがとう』と礼を言ったフルードが、ふっと目の前から消え、狼神の横に移動した。ラミルファも共に転移する。
『お待たせしました、ハルア様』
『ようやく戻って来てくれたか。そろそろ呼ぼうと思っていた』
唇を尖らせた狼神が酒を飲み干した。フレイムが微笑む。
『話はできたか?』
『はい、お兄様。ありがとうございました』
フレイムから酒瓶を受け取ったフルードが、狼神のグラスに酌をする。
『どうぞ』
『うむ』
途端にご機嫌になった灰銀の神が、酒を傾けた。彼は酒豪なのかもしれない。アマーリエがそう思った時、美種の歓声が響いた。
「わぁ、大きなお馬さんだ……!」
小さな指が神苑の一点を指差している。アマーリエがそちらに目を向けると、草花を照らす明るい光があった。輝く鱗粉を散らす体毛をなびかせ、四つ足の獣が二体の精霊に轡を引かれて歩いている。その瞳孔は縦に裂け、尾は二本あり、たてがみは金色に煌めいていた。
『風神様の馬ね』
桃神が微笑んで言った。こちらの視線に気付いた精霊たちが馬を止めた。近くには石柱が立っており、上部に長大な剣が飾られている。精霊の一体がアマーリエたちの元に近付いて来ると、叩頭して説明する。
『こちらは宴の余興で使った天馬でして、先ほど風神様がお乗りになられました。今から厩舎に戻すところでございます』
「お兄ちゃん、乗ってみたい……!」
「無理だよ、風神様のお馬なんだろう」
美種が大樹を見上げて興奮気味に言い、やんわりと宥められている。高芽がフルードたちに説明する。
「美種は乗馬が得意なんです。主家で馬を使って買い物や雑用に行かされることもあったので」
ありがとうございました。