20.託されたことは
お読みいただきありがとうございます。
「難しいですね」
アマーリエは間髪入れずに返した。
(やっぱり。きっとその話だろうと思っていたわ。大当たりね)
『やはりそうですか。大神官の重責を引き継いでいただいたあなたに、さらに厄介なことを頼んでしまい、お詫びのしようもありません』
「いいえ、私が具体的に何かをするという話ではないので、負担にはなっていないのですけれど。ただ、困ってはおります。フルード様がせっかく託して下さったことなのに、やり遂げられないかもしれません」
『それならそれで良いのです。あの子の行く末は、あの子が自分で決めることですから。できれば幸せになって欲しいと思いますが』
『やれやれ、我が宝玉は本当に酔狂だ。その慈悲深さも可愛くて堪らないがね』
灰緑色の双眸が鈍く光り、周囲にふよふよと漂う明かりを反射した。
『ガルーン・シャルディの子が自分なりの幸せを掴むところを見届けたい、などと』
――いたんかい、子ども。
大神官の就任挨拶の折、密かに個別念話をして来たフルードがぶっ込んだ、爆弾依頼。それを聞いた時、最初にアマーリエの胸中を巡った言葉がそれだった。
(ガルーンって実は子持ちだったのね)
フルードに想像を絶する拷問を仕掛けていた醜悪な貴族は、何といっぱしに人の子の親だったらしい。てっきり人間の皮を被った怪物か何かかと思っていたが。なお、子どもの母親は出産後に亡くなっている。
『私が聖威師になり、ガルーンは投獄されました。ですが、彼の実子に対する処遇については、事情を知る地上の者たちの間でも同情論が出ていたそうです。何しろ、あの子はまだ乳飲み子でしたから』
親の罪に赤子を縁座させるか否か、意見が割れたという。フルードの主神たる狼神にも、意向を確認しようと伺いが立てられた。
『ハルア様は、ガルーン本人には自分が罰を下すが、彼の行いを知らず関与もしていなかった親族の扱いに関しては、人間側が判断して決めよと仰せになりました』
なお、その頃まだ9歳だったフルードは、自身の心身に負わされた傷に対処することで手一杯だった上、同年の内にフレイムの神域で修行を始めたため、ガルーンの子の件にはノータッチだったという。
『当時の主任神官と副主任、国王に王族、大臣や裁判官などが議論を紛糾させ――結局、子どもは両親不明の孤児という建前で、専用の施設に入れられることになりました。表向きはシャルディ家との繋がりはなく育ったのです』
子どもが送られたのは、訳ありの乳幼児が入る特殊な孤児院だったという。
『子どもの罪は、ガルーンの子として生まれてしまったという事実だけだからね。それが何より問題なのだが』
両手を頭の後ろで組んだラミルファが冷笑する。
『ええ、そうです。私がそれらのことを知らされたのは、15歳の時でした。お兄様の領域での修行を終え、心身の癒しもひと段落して地上に戻って来た後です。子ども当人にはどうしようもない、親の過失。それがために未来が閉ざされて欲しくない。私はそう思い、あの子が成長して自分なりの幸せを手に入れる姿を見届けたいと思いました』
だが、フルードの寿命が摩滅し、彼自身の目でそれを見ることは叶わなくなった。そこでアマーリエに続きを委ねたのだ。代わりに見届けてくれないか、と。生前、実子であるランドルフとルルアージュに託そうとしたのだが、すげなく断られたという。
――絶対に嫌です〜
――断固お断り致しますわ
それはもう清々しいまでの即答かつ全力拒否だったという。他のことであれば、幾らでも父の言うことを聞いてくれる親孝行な二人は、しかし、その願いだけは頑として撥ね付けた。
――自分たちの大切な父を、不幸と絶望のどん底に落とし込んだクズ野郎。そんな奴の子どもの事に手間と労力を割きたくない。その子自身に罪がないのは理解しているし、幸せになる邪魔をするつもりはない。だが、その姿をわざわざこの目で見届けようとは思えない
はっきりとそう言われたフルードは、我が子たちにこの件のバトンを渡すことを断念した。だが、ランドルフとルルアージュの立場からすれば当然の意見だろう。
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