19.先代と当代の大神官は語る
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『レシスの神罰の件ですが』
大気に満ちていた光はグッと明度を絞られ、辺りは暗くなっている。人間の世界で言えば日暮れだ。だが、円形の燐光があちこちに瞬き、輝くシャボン玉のように浮遊しているため、幻想的な夜を演出していた。
やや距離が離れたテラスで飲食を摘む神々とちびっ子たちを視界の隅に移していると、神々しい御光に照らされた草花を眺めるフルードが唇を動かした。
『まだ解呪できておらず、申し訳ありません』
一応は神から賜った天罰なのだが、もはや呪詛扱いである。
「遊運命神様がご自身の神域から出て来られないとお聞きしました」
『はい。私が昇天した後、幾度か解呪を頼みに伺ったのですが、いつ行っても神域が閉ざされていまして……』
幾度かそれが続き、どうにもおかしいと思い狼神や葬邪神に聞いてみたところ、遊運命神は元々、自領から出て来ないことが多いのだと言われた。
『彼の神は人間の世界で例えればゲーム中毒者のような傾向がおありだそうです。念話や音を遮断する結界を張った上で何千年でも何万年でも自領に籠り、遊戯盤を睨みながら遊びに熱中しているとのことです』
「ゲ、ゲーム中毒……」
ルファリオン、かつてのフロース、遊運命神……神々の中でインドア派は一定数いるらしい。下手に活動し、地上に怒りを落として来るよりは良いのかもしれないが。それにしても、二柱の運命神が両方引き籠り気味とはこれいかに。
『良いところで邪魔されるとブチ切れ、神威で創り出した大砲に様々な物を詰め込んでバカスカ撃ち込んで来るとか』
「色んな物……神威の砲弾などでしょうか?」
『それもありますし、他にも凶器からガラクタから生ゴミまで何でも』
「…………」
迷惑すぎる。全クリ直前のゲームを中断されてキレるヤバい奴だ。最悪、その辺の神使や霊獣を引っ捕まえて弾代わりに撃ち出すのではないかと思い、アマーリエは身震いした。有り得そうだと思ったのだ。彼の神は同胞である自分たちには慈愛深かったが、れっきとした悪神なのだから。
『天地狂乱の際には少しだけ出て来て下さったのですが、あの時は神罰の件を切り出すどころではなかったので。事態が収拾した後はすぐに自領に戻ってしまわれ、私は話をすることができませんでした』
「そうだったのですか。けれど今のお話を聞く限り、出て来ていただくために強引な手段は取れませんね」
万一逆鱗に触れてしまい、無差別発砲されれば大惨事だ。
『はい。今回の宴にもお出でにならず、神会議も表決権を放棄するか、委任状を提出するのではないかと言われています。ですので、コンタクトが取れていません』
思い返してみれば、先ほど最高神に拝謁した際も、遊運命神の姿は見当たらなかった。今の話を聞くに、おそらく単独遊戯に夢中になっているのだろう。
『葬邪神様によると、5年前の起床時の反省点から、緊急念話をすればゲームの状況に関わらずきちんと受信するようにして下さっているそうです。しかし、解呪の件は緊急性が高くないので、その方法は実行できていません』
「一応は解決していますものね」
(フルード様とアリステル様は神に戻ったから大丈夫。私も葬邪神様の守護がある。エイールさんとエイリーさんは守りの玉を渡して対処済み。サード家の面々は潜伏期間だから影響は出ない。次世代に神罰を引き継がせない方法も解明している)
となれば、何が何でも対処しなければならない喫緊の事案ではない。神罰を受けた当事者たちにとっては、一刻も早く消し去って欲しい代物だが、現状のままでも大丈夫ではあるのだ。
『格上の神を相手に、緊急ではない件で緊急念話を使うことは躊躇われるのが正直なところです』
『それをしたとしても、遊運命神様は怒ったりなさらないだろうがね。何なら僕か一の兄上が代わりに連絡してやろうかと言っているのだが、代理に頼んでも同じことだと言うのだよ』
苦笑して言ったのはラミルファだ。神々のテーブルを抜け、当然の顔でこの場に加わっている。狼神が渋面を作っているが、フレイムがガッチリ抑えてくれていた。
『急ぎでもない私用のために、他の選ばれし神まで巻き込んで緊急連絡を行わせたという前例など、迂闊に作らない方が良いと思います。どのような形で後続が出るか分からないのですから』
『ふふ、セインは相変わらず真面目だ。……とはいえ、この状況はアマーリエにとってメリットもある。神罰が解除されなければ、守護神役である一の兄上との接点が継続するからね。神格を抑え天の神に逆らえない聖威師という立場では、どういう経緯であれ葬邪神がバックに付いている状態は、想像以上に心強いものだ』
悪いことばかりではないと告げる末の邪神の言葉に、眉を下げたフルードが続けた。
『もちろん、次に遊運命神様とお会いできた時、すぐに解呪を申し出るつもりです。ですが、アマーリエとエイールが昇天し、エイリーが逝去する方が早いかもしれません。上手く事を運べず、本当に申し訳ありません』
「そうですか……分かりました。仕方がないですよ、遊運命神様がゲーム中毒だったなんて想定外なのですから」
アマーリエが慰めると、ラミルファが狼神を一瞥した。
『それより早く本題に入れ、セイン。神罰のことを言いたかったわけではないはずだ。狼神様は本当に少ししか待って下さらないだろう、急いだ方が良いよ』
『そうですね』
頷いたフルードの美貌が、蛍火のような燐光に照らされ、くっきりとした陰影を刻む。
『アマーリエ。あなたにお願いした件は、どのような状況でしょうか?』
ありがとうございました。