17.まだそこまで行ってません
お読みいただきありがとうございます。
『ちなみにユフィーから聞いた話だと、コイツらを虐待してた家のガキ、どっちも徴が出て神官になってるらしいぜ』
しんみりした空気をぶち壊し、琥珀色の神酒を飲んでいたフレイムがシレッと言った。
『つまり、ミンディとアンディを虐めていた正妻の子どもと、大樹たちをこき使っていた主人の家の子どもが神官になっているわけか』
チョコレート菓子のような物を摘みながら、ラミルファが面白そうに話題に乗る。灰緑の目が、餌を見付けた肉食獣のような光を放っていた。
「ええ、まあ……」
アマーリエは曖昧に頷く。一時昇天の際、ちびっ子たちを睨み付けていた二人の神官が、まさにその子どもたちなのだ。
『それは愉快だ。ミンディに大樹たち、君たちの体験をそのまま書籍か映像にし、脚本料をせしめてしまうが良い。きっとヒットする。地上に特別降臨していた時、そういった展開の娯楽本を数多く読んだ。似たような話が一大ジャンルを確立していたよ。いわゆるざまぁ系というやつだ』
「「ざ、ざまぁ系……」」
「いえ、まだそこまで行っていないのです」
実はこの邪神は、地上の娯楽本にどハマりしており、そのせいで騒動になったことが何度かあったりする。呆然と復唱するミンディたちをフォローするように、アマーリエは冷静に言った。
「聖威師はあまり人間のことには関われないので、私は状況を聞いているだけですけれど……正妻の子どもも主家の子どもも、全く反省の色が見えないとのことです。なまじ霊威が強いため、神官として良い待遇を受けているようですし」
罪人の子として肩身が狭いどころか、それなりの地位にいる神官として豊潤な給金を支給され、奢侈な生活を送っているそうだ。
『おやおや』
邪神の双眸が愉快そうに煌めいた。フルードが憂慮を宿した面差しで首を傾ける。
『この子たちが保護されたことで、虐待の事実も明るみに出たのでしょう。主人と正妻は何らかの処罰を受けたはずですから、逆恨みされてもおかしくはありませんね』
「はい。大樹たちの主人と、ミンディたちを虐めていた正妻は裁判で有罪になりました」
ミンディたちの家に関しては、正妻の言いなりだった夫も連帯責任で刑に服することになった。つまり、大人たちに関してはざまぁまで到達したと言っても良いだろう。だが――
「ただ……彼らの子どもたちは、実刑にまではなりませんでした。虐待に加担してはいたのですが、まだ13歳で親の影響が大きかったこと、判決時には既に神官になっていたこと、霊威が強く将来を有望視されていたことなどの要因が重なったためです。現在は更生施設の預かりになり、施設から神官府に通っています」
神官としての立場と稼ぎがあるため、職員に対しても強気に出ることができていると聞く。帝国では、12歳以降になれば給金を自身で管理することが可能なのだ。
『色々と理由を付けているようだが、結局は最後がメインだろう。――霊威が強い。天界においては神格の高さが全てを決するように、地上では霊威の強さがモノを言う』
チェリーに似た丸い小さな果物を、手に持ったカクテルグラスの酒に放り込んだラミルファが、腑に落ちないと言った顔をした。
『だが地上の場合、神が出れば全てを引っくり返せるはずだ。徴すら持たない一般人でも、神に見初められれば聖威師となる。一足飛びに神官府の頂点に駆け上がり、世界王を超越する立場と身分を得る』
どれだけ強い霊威を持っていようと、中央本府の主任神官だろうと、神格を有する者の前では無力。
『ミンディたち自身か、あるいは君たちが一声発せば、ざまぁ未完了の子どもたちも瞬殺で奈落に叩き落とせるだろうに。罰さないのかい?』
灰緑の瞳が、ミンディたちの主神を見回した。五柱の主神はいずれも高位神ではない。選ばれし神を相手に丁重な態度を取りながら、桜神が代表して答えた。
『私たちの愛し子は、あまり過激な罰を望んでいないのです。向こうも未成年なのだからと。私たちとしても虐待の件は許しがたいですが、主犯は親だったようですので、子どもに関しては現在様子見をしております』
『ふぅん。……というか、今思い付いたのだがね。もしかしたら最近の意味不明な交信はソイツらなのではないかな』
「交信?」
アマーリエは思わず聞き返した。フレイムがおぉ、と声を上げて手を打ち、狼神もなるほどと呟いている。フルードが困ったように眉を下げた。
『ええ……少し前から、年若い神官が何度も交信して来るのです。天の神々に片端から言葉を飛ばし、名前も名乗らないまま、自分たちを愛し子にして欲しいというアピールを投げて来ていまして』
ありがとうございました。