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16.遺した物、受け取った者 後編

お読みいただきありがとうございます。

 自身も幼いミンディは、さらに小さな弟の手を引いて決死の逃避行に踏み切ったそうだ。転移霊具があれば一瞬で帝都まで来られたが、転移や飛翔など危険性を伴う霊具は未成年だけでは購入できないため、買えなかったという。治癒霊具など人の救助に使う霊具であれば、購入に年齢制限はないのだが。

 当時を思い出したのか、意思の強そうな碧眼が揺れている。続いて、大樹も自分たちの身の上を語った。


「僕たちは親が浪費家でした。借金のカタとして裕福な家庭に売られ、主家の者にこき使われて怒鳴られたり殴られたりしていました。しかし、フルード様の遺産で福祉領域の活動が強化されたことで虐待が発覚し、施設に保護してもらえました」


 巡回や通報体制の拡充、調査費用の増額に施設機能の補強などが行われ、人知れず涙を呑んでいた小さな者たちが少しずつ救い出されて来ている。


「兄さんは大怪我をしていました。失敗した僕と美種を庇って主人の霊具で打たれてから、ずっと足を引きずっていたんです。そのせいで、主人には使えない奴だってずっと怒られてました。高価な霊具の霊威で傷付けられたから、施設にある量産型の治癒霊具じゃ治せなかったみたいです」


 高芽がぎゅっと拳を握って告げる。


「だけど、施設の職員が教えてくれました。僕たちは孤児への支援金の支給対象になるんだって。親は僕たちを売る時に親権を手放していたみたいなんです。フルード様の遺産が割り当てられて、支援金が増額されていたおかげで、主人の霊具より上等な治癒霊具を買って兄さんの足を治すことができました」


 子どもたちに話させていたアマーリエは、ここで説明を重ねた。


「基金の設立や支援金増額のおかげで、進学や留学、習い事などを諦めずに済んだ子どもたちも続出しています。虐待や貧困の発見率も大きく上がりました。その後のケアの体制も充実しつつあります」


 ある意味ではフルードの執念の賜物でもある。聖威師として言動を幾重にも制限される中、それでも立場の弱い者、不当な境遇に苦しむ者を守りたいと願い続けた彼の遺志が、正しく世界に反映されている。彼は自らの死をもって本懐を果たしたのかもしれない。


「……それで、この子たちですけれど。施設に入った後、高芽が徴を発現して神官になったのです。大樹と美種も身内として神官府に来訪した折、天から視ていた神々に見初められました。ミンディとアンディは、神官府の短期行儀見習いに応募して採用されたことで、神の目に留まりました」


 喋っている内に勢いが出て来たか、ミンディと大樹がさらに続けた。


「家から帝都まで逃げる途中でアンディが高熱を出した時も、基金のお金があったから治癒霊具も薬も食べ物も買えました。そうでなければ、アンディはあそこで命を落としていたかもしれません。アンディがいなくなっていれば私も生きる気力を失くし、神官府に行くこともなく神々に見初められることもありませんでした」

「美種は顔に火傷を負わされていたので、あまり人前に出たがりませんでした。でも、僕の足を治してくれた高い治癒霊具を使って、火傷も綺麗にすることができました。足や火傷が治っていたから、僕と美種は高芽と一緒に神官府まで出かけて行けて、神様のお目に留まることができました」


 五人が一斉に小さな体を折り曲げて頭を下げる。


「「先代様、ありがとうございました」」


 数拍の沈黙の後、フルードは緩やかに首を横に振った。


『私は何もしていません。あなたたちが辛い環境を耐え抜き、行動を起こし、福祉を担う人々が力を尽くした、その結果が反映されただけのこと』


 自分がした行為など取るに足りぬことだと言い切り、魅惑の声が先を続ける。


『人間の世界を作るのは人間です。一人一人の小さな志と些細な行動が寄り集まれば、それは大きなうねりとなって活路を切り開き、世を回し、歴史をも紡いでいくのです。小さな蝶の羽ばたきが、やがて嵐を巻き起こすように。人にはその力がある』


 月光を集めて織り上げたような金髪が揺れる。細く艶やかな髪は綺麗にくしけずられ、毎日欠かさず手入れされているようだった。美しい白肌には傷の一つもない。

 天の神とはかくあるべきという姿を体現したような彼が、かつては虐待を超える凄絶な拷問を受けていたことを、ミンディたちは知らない。把握しているのは、貴族の使用人として酷使されていた環境から奇跡的に聖威師へ上り詰めた、という公開情報だけだ。


『私に礼を言うのではなく、自らと兄弟姉妹を誇り、施設の職員を労うのが良いでしょう』


 フルードもアリステルも、自身の境遇で正気を失わなかったのは、対象を苦しめるレシスの神罰の影響だと思っている。発狂や自害、自我や情緒の消失などで苦痛から逃げることを許さなかったのではないか、と。


 だが、狼神やフレイム、ラミルファたちはその推測を否定していた。仮にそうだったならば、単に理性と意識を保って生命活動を続けるだけになっていた。両親やガルーンを恨まなかったフルードと、サーシャに対して良き兄であったアリステルのように、他者への優しさや周囲への良識まで保持することはなかったはずだ。

 あの生い立ちにも関わらず、まともな自我や善性、感情を確立したのは、神罰がそう強制したからではなく、フルードとアリステルの魂が別次元レベルで異質だったためだ。選ばれし神の心を射止めるほどに。


『今、ここにいてくれてありがとう。生きているのが辛い日々もあったでしょう。本当によく頑張りました。私はあなたたちの魂に敬意を表します』


 いつの日か真実を知った時、この子たちは、フルードがどのような気持ちでこの言葉を言ったのか、その一端を理解するだろうか。

ありがとうございました。

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