11.過去形の身内
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(よ、良かった……誰も嫌な思いをせずに済んだわ!)
後は、フレイムが神衣をこっそり復元し、メルビン経由で保管場所に戻してもらえば良い。修復は半日あればできるので、明日にでもやると言っていた。
神衣は灼神の領域の保管庫にしまわれており、灼神自身がその中を点検することは滅多にないそうだ。このような場で不具合でも発生しない限り、何かが起こっても気付かないという。
《お前ら安心しろ、上手くいったぜ!》
裏の空間で息を殺して待っていた精霊たちに、フレイムが念話を送る。一拍置いて、快哉が上がった。
《フレイム様、ありがとうございます、ありがとうございます!》
《焔神様と燁神様には何とお礼を申し上げたら良いか……!》
《御二方へのこのご恩は生涯忘れません!》
マイカとヨルン、メルビンが涙声で陳謝して来た。
《この方法を思い付いたのはユフィーだから、ユフィーのおかげなんだぜ》
《たまたま献上品に衣があったというだけよ。本当に体を張ったのはフレイムの方じゃない》
もしも作戦が上手くいかず、神衣の汚損が露見してしまえば、フレイムは『自分が衣を汚してしまったのをこっそり直すため、時間稼ぎしようとしてアマーリエを拝み倒し、このタイミングで衣の献上品を持って来させた』という筋書きにするつもりだった。こちらとしてはヒヤヒヤものである。
《ヨルンたちは俺の同胞だったし、何とか助けたかったからな。神としては褒められた行動じゃないんだろうが、ほっとけなかった》
カラリと返すフレイムに、アマーリエは黙って微笑した。
(同胞〝だった〟……ね)
フレイムは無自覚なのだろうか。それとも意図的なのだろうか。先ほども今も、精霊たちのことを、『俺の身内だった』『同胞だった』と表現している。〝だった〟つまり過去形だ。
(今は身内ではないのね)
ひねくれた受け取り方かもしれないが、何となくそう感じた。かつて共に苦楽を分かち合い、切磋琢磨し合ったであろう仲間たちを、今も大切に思ってはいるはずだ。だが、現在のフレイムにとっての身内は、同胞は、精霊ではなく神々なのだ。
今回の作戦がバレた場合、自分が全ての泥を被る捨て身の計画を用意していたのも、『そこまで愚かな真似をしても、火神たちは自分を見捨てないから大丈夫』という確信があったからだ。事実、そう言った時の彼の目には、家族神に対する揺るぎない信頼だけがあった。
(いつかは私も……)
アマーリエ自身も、現時点で既に、人間ではなく神々を家族だと思うようになっている。これからさらに時を経て、神格を得た時間が長くなっていけば。そして、神に戻れば。人間への同族意識は摩滅してしまうのだろうか。
思い出したのは、昇天が目前となった際の黇死皇秀峰の言葉だ。数年前のあの日、彼は哀しげに眉を下げていた。
――人の皮を脱ぎ捨て、擬人を解いたが最後、私は人への情も思い入れも失ってしまうであろう
そう言って力なく微笑んだ彼は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。天威師として皇帝として、常に己を律していたが、同胞たるアマーリエを前にしてその仮面が剥がれたかのごとく。
神格を出せば世界への愛着を薄れさせるのは聖威師も天威師も同じだが、天威師は先天的な神であるため、その傾向がより顕著なのだという。元が人間である聖威師は、生まれ故郷に対する想いの残像を仄かに保持することもあるが、天威師はそうではないらしい。
今は超天へ還っている秀峰は、もう地上への愛着は捨て去ってしまっただろうか。
アマーリエは視線を上に向ける。天界よりもさらに高みに、至高神が坐す超天がある。通常の神々には届くことが叶わぬ、虹色の世界。だが、有色の高位神はその絶域にすら到達することができる。それが色持ちの神という、神々の中でもたった一握りしかいない存在なのだ。
いつか神に戻り、昇天したなら。超天まで昇り、秀峰や日香たちに会いたい。きらきらしい宴の喧騒を聞き流しながら、アマーリエはぼんやりとそう思った。
ありがとうございました。




