5.最高神への謁見
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『よくぞ来てくれた。地上にいる我らの雛たち』
赤、青、緑、黄、そして涅。眼前に居並ぶ五柱の神の中で、真ん中に佇む真赤の女神が口を開いた。その目が純粋な喜びに輝いている。脇には選ばれし神々を始めとする色持ちの高位神がズラリと並び、温かな視線を送ってくれている。上からはキラキラと虹の光が降り注いでいた。超天にいる至高神たちからの歓迎シャワーだ。
『最高神様方にご挨拶申し上げます』
最高神全柱が使う謁見の間。平伏したアマーリエたちは、地に額が付くほど深く礼をした。5年前であれば、最前列にはフルードたちがいたので、彼らの所作を真似ていれば良かった。だが、頼れる先達はもういない。自分で判断し、適切な態度を瞬時に導き出さねばならない。
……と、思っていたのだが。
《アマーリエ。そのままでも悪くはありませんが、もう少し背筋を伸ばしてみましょう》
《手をちょっと前に出してごらん、リーリア》
この場に同席しているフルードと当真が、前方から細やかにアドバイスを送ってくれる。佳良と恵奈、当波は、頑張れと小さなジャスチャーで応援を投げてくれていた。
《いっそウケ狙いでズッコケたら気も緩むのではないか》
《緩むわけないでしょう、自分が神官だった頃を思い出して下さい父上。何を言っているんですかあなたは》
《すまないローナ、聖威師たちにリラックスして欲しくて冗談を言っただけなんだ……》
《ライナス、あなたはもう少し場の空気を読んで下さい。お願いですから》
ライナスが真面目な声で提案し、アシュトンとオーネリアに叱られている。
《所作や作法が分からなければ念話しろ、教えてやる》
《僕は優しいから、君たちが緊張で台詞をすっとばしたらこっそりカンペを出してあげよう》
淡々と助け船を用意してくれるのはアリステル、皮肉げに親切な言葉を放ってくれるのは白髪に灰緑眼のラミルファだ。この場にいる悪神たちは皆、人型を取っていた。魔神と戦神が、自分たちも助けてやるからなと言わんばかりに親指を立て、戦神の隣にいる闘神は目元を和ませている。ルファリオンはにこにことこちらを眺めていた。
《雛たち、間違える。我、暴れる。大騒ぎなる、雛たちの失敗なんか皆忘れる。だから大丈夫》
《こらこら暴れるんじゃない!》
《大人しくしていて、ディス!》
ケラケラ笑う幼児姿の疫神が恐ろしいフォローを入れ、聖威師たちを包み込むがごとき眼差しを注いでいた葬邪神とブレイズが、ギョッと目を剥いて止める。
《レアナたちが本当に困るような事態になったら、私たちが抱えて遁走すれば良いんだよ。愛し子と話したくて我慢できませんので連れて行きまーすさよなら、とでも言えば良い》
《それ絶対お説教コースじゃねえか……まあ良いけどよ。俺たち皆で叱られようぜ》
《フロース、お前がそんな強硬手段を思い付くようになるとは》
《愛し子というのはかくも影響力があるものだ》
涼やかな声で言うフロースに、フレイムが頭を抑え、ウェイブと嵐神が感慨深げな目を向けていた。狼神と時空神が笑みを堪えるように口元を緩める。
高位神の完璧すぎる美貌がズラリと並ぶ様は、圧巻を通り越し、見る者を無我の境地にすら至らしめるものだった。
(皆様、相変わらずだわ……)
どれだけ成長したか確認してやろう、という言葉を言われるかもしれないとは予測していた。だが、まさかここまで積極的にサポートしてくれるとは。
(ありがとう、ございます)
甘やかしているのではない。聖威師全員が一時昇天して、天の神と共に会議に列席する。三千年以上の歴史の中でも前代未聞のこの事態で、こちらがどれだけ緊張しているか、どれほど不安で心細いかを分かっているから、ここまでしてくれるのだ。何も心配要らないから大丈夫だと、それぞれの表現で示してくれている。
極め付けには、
《はいはーい聖威師のみんなー、ちょこっとだけ体が硬いよ。クラゲになったつもりで力を抜いてみよ〜。せーの、へにょへにょ〜ん》
《日香、水中のクラゲよりも地上にいるナマケモノの方が想像しやすいのではないか》
《そういう問題ではないだろう高嶺。というか聖威師を軟体動物にするな》
超天からは日香が意味不明な助言を下ろし、高嶺がツッコんで秀峰に叱られていた。
神々のやり取りを聞いているだけで体から力が抜けそうなアマーリエは、聖威で視覚を広げて周囲を視た。リーリアも脱力しそうな体を支えており、ランドルフと祐奈は下を向いて噴き出しそうになるのを我慢している。ルルアージュと当利は遠い目をしていた。これでは緊張も薄れるというものである。
だが同時に、深く安堵してもいた。聖威師や天威師として己を貫き通し、穏当とはかけ離れた最期を迎えた先達たち。彼らは今、それぞれが還り付いた場所で、全員が笑顔で苦痛なく、幸せに暮らしている。そのことが何より嬉しい。それだけで肩の強張りが解けていくようだ。
……アマーリエたちの後ろにちんまりと控える新米聖威師たちは、先達と面識がないこともあり、ガチガチに強張ったままだが。
『この天界は君たちの家でもあるんだからね。思いっ切りくつろいで良いんだよ』
柔らかな声で微笑むのは水神だ。風神と地神、そして禍神も一様に慈愛深い目を向けている。
可哀想なことに、最高神たちは念話網から外されているため、裏で展開されているやり取りには気付いていない……はずだ。
「大神様方のご厚情に心より感謝申し上げます」
「来たる会議に置きましては、自身が有する務めを果たす所存にございます」
ランドルフと当利が告げる。その後も幾つかやり取りを経た後、色々な思念が交錯する場は無事にお開きとなった。
ありがとうございました。