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39.本物は彼

お読みいただきありがとうございます。

「ぁ……」


 アマーリエがそろりと少年神の方に視線を移すと、蒼白な顔をしたミリエーナが、ジリジリと彼から距離を取っていた。


『どうした僕のレフィー。もっと近くにおいで』

「……あ……あなたは、運命神ですよね? この赤毛の神使がデタラメを言っている、そうですよね?」


 まろやかな笑みを湛えて答えない少年神に代わり、壮年の神が口を開く。


『もちろん、全てデタラメだとも。この方はまさしくルファリオン――』

「アンタは黙ってて、ルファ様に聞いてるの!」

「あーもう、しゃーねえなぁ」


 舌打ちしたフレイムが、軽い音を立てて指を鳴らした。


「本物を視せてやるよ」


 空間に丸い光が現れ、中に美しい風景が映り込む。

 そこは、神話の様子を記した伝記に出て来るような幻想的な場所だった。僅かの不純物も無い金銀の砂粒を敷き詰めた地面が広がっている。

 無数の煌めきの上に咲いているのは、宝玉でできた色とりどりの草花。向こうがはっきりと透けて見えるほど透明度の高い宝玉だ。

 虚空には天の星々をばら撒いたような瞬きがチカチカと明滅を繰り返し、オーロラのように揺らめく淡い光が、幾重もの聖なる幕となって大気を彩っている。


(……綺麗……)


 アマーリエは、思わず状況を忘れて見入ってしまった。これほど純度の高い金銀玉は、人間の世界では決して採取できないだろう。


「ここは――」

「ん、天界だよ」

(やっぱり)


 フレイムの郷里であり、聖威師が還るべき場所であり、霊威師がいずれ召される境地。神々の暮らす天の園だ。

 なお、至高神は天界よりもさらに上の領域に坐すため、天威師たちは昇天すればそちらに帰還する。


『ねえ、どこにいるの! 出て来てちょうだい』


 神秘的な風景がぐるりと角度を変え、ローズレッドの長髪を軽く結い上げた女性が映った。縦に裂けた瞳孔と尖った耳、神衣の上からでも分かるほどに豊満な肢体を持つ女性は、ルビー色の双眸をあちこちに向けている。


『ここだよ。何だい、ブレイズ。……おや、末の義弟(おとうと)くんも一緒かい』


 輝く地面を踏みしめ、玉花が触れ合う澄んだ音と共に現れたのは、気弱そうな細身の青年だった。金と茶の中間の色をした髪に、寝起きの猫のように細まった瞳。ひょろりと細い腕には、大きな水晶の籠を抱えている。中には宝石の花々が詰まっていた。


『何の用かな?』

『地上の神官府から奏上が届いたわ。先日あなたに神託を請うたけれど届かないって。再度の請願が届いているから、託宣を下ろしてあげてくれないかしら』

『んー、今回はパスするよ。請願を受けるか否かは、請われた神の一存で決めることだし』

『今回も、でしょう。もう五回連続で請願を退(しりぞ)けているわね』

『俺は今、天珠(てんじゅ)の採取で忙しいんだよ』

『あなたの神使にやらせたら良いのに』

『今まで何度も話して来たけどね、自分でやりたいんだよ』

『あなたは本当に天珠収集が好きね。いつも自分の神殿に引きこもって採取に明け暮れている』

『天珠は俺の全てなんだよ。もちろん、君のことは別格だけど』


 青年が神秘の楽園をぐるりと見渡して笑う。


『ごらん、ほぼ全種類の天珠が咲き誇る俺の神苑(しんえん)を。那由多(なゆた)の時を経てここまで育てたんだ。俺は永遠に天珠と触れ合っていたい。人間なんかどうでもいいね』

『あなたは何千兆年経っても変わらないわね。でも、今回の請願は無視できないわ。聖威師が直々に請うて来たの』

『えっ』


 籠の中の花をうっとりと撫でていた青年が、初めて顔色を変えた。


『聖威師は私たちの同胞だわ。神格を抑えていても、神だもの。大事な同胞の訴えを拒絶できないでしょう』

『うん……それなら仕方ないな。なるほど、だからわざわざ君が来たのか』


 唸った青年が口笛を吹くと、大鷲(おおわし)のごとき巨躯を持つ鳥が羽ばたいて来た。真っ白な鳥だ。羽や(からだ)だけでなく、くちばしや脚、眼球までも全てが白い。


『この籠を俺の神殿に持って行って。収獲室のいつもの場所だ。絶対に落としてはいけないよ』


 純白の脚に籠を引っ掛けられた鳥は、了承を示すように一声鳴いて飛び去った。手ぶらになった青年がやれやれと頭をかく。


『はぁ~、地上にも人間にもこれっぽっちも興味ないんだけどな。ちょこちょこ入るんだよ、俺を指名した神託の請願。何故だろうね?』

『運命なんてものを司ったのが運の尽き! 私はそう思うわよ。ねえ、ルファ――運命神ルファリオン』

『はは、運命神なのに運の尽きかぁ。ブレイズは面白いことを言うね。さすがは火神様の長子で俺の妻だ』


 苦笑いした青年が無造作に左手を掲げると、二色の神威が腕に絡み付くように渦を巻いた。どちらも紫色だ。薄紫と深紫。濃度の異なる二つの色が絡まり混ざり合い、紫水晶でできた竪琴(ハープ)が顕現した。

 ずっと糸目のまま閉じていた双眸が開き、その眼が露わになる。右目は淡い紫、左目は濃い紫。神威と同じ色だ。


『さぁ、開演の時間だ。運命を奏でに行こう』


 竪琴を携えて軽やかに歩き出した青年が、追随する女性を振り返った。女性が切れ長の目を細めて笑う。


『その気になってくれて良かったわ。放っておけばいつまでも神殿にこもって天珠を愛でているんだもの。いい加減にお尻を叩いて出て来てもらおうと思っていたのよ』

『はは、君には適わないよ。ところで義弟くん。他の神からちらりと聞いたのだけど。この前、ラミルファと取っ組み合いの喧嘩をしたんだって? 人間の言語では火神と禍神は読みが同じだから、それをネタにして揶揄(からか)ったラミルファに激怒して飛びかかったんだっけ。若い子は元気だねぇ』


 優しい語調での問いかけに、女性が苦笑交じりに答えた。


『そうなのよ。この子はまったく、ヤンチャなのだから――』


 ぶちっと映像が切れた。

ありがとうございました。

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