3.いざ天界へ
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その日はあっという間にやって来た。一時昇天する聖威師たちを見送るように、翠色の帝国旗と緋色の皇国旗が帝城と皇宮に掲げられ、風を受けてはためいている。
「では行って来るわ。最初は全員で行くけれど、開会の宴が終われば、地上番をしに交代で戻って来ます。それまでに何かあれば、念話をちょうだい」
聖威師を代表して声を上げたアマーリエの横には、ラモスとディモスも控えている。彼らも正式な神格を持つ神なので、共に天へ行くのだ。
「畏まりました。お気を付けて」
「お戻りをお待ちしております」
眼前で叩頭しながら応えるのは、帝国および皇国の中央本府の主任神官たちだ。後ろには副主任が控えている。さらに後方にいる一般神官たちの中の2名は、一際強い眼差しでこちらを――正確にはアマーリエの背後に隠れるようにして立つ者たちを――睨んでいるが、これはいつものことだ。
「皇帝様方にはもうご挨拶を?」
「先ほど済ませたわ」
帝国の主任の問いに、アマーリエは首肯した。
『神々が納得してくれると良いね』と意味深に笑って送り出してくれた皇帝たちに、切迫感は無かった。聖威師が強制昇天になれば、天威師だけでは地上を支え切れない。だが、そうなったらなったで良いと思っているのだ。
皇帝たちも数年前に代替わりを行った。人間に強く肩入れしてくれていた紅日皇后日香と黇死皇秀峰は、既に超天へと還っている。月香と高嶺、クレイス、オルディスも含めた天威師たちもまた、各々が負う務めと己の意思がぶつかり合う狭間で立ち回り、それぞれ凄絶な最期を遂げる形で昇天した。
なお、その際は天威師と聖威師のみならず、フレイムやフルードなど天界の神々に加えて超天の至高神までが総出で参戦する大騒動が勃発した。日香やアシュトンたちが激戦の果てに軒並み昇天する原因にもなったあの騒ぎは、『天地狂乱事件』と呼称されており、アマーリエたちにとって二度と経験したくないトラウマ級の事案である。
先達の天威師と聖威師たちの勁烈な生き様と死に様、そして在り様を見て来たアマーリエは、自分の最期もきっと平穏なものにはならないだろうと、今から腹を括っている。
いずれにしても、地上と人に強い愛着を持ち味方してくれる天威師は、もういない。アマーリエたち聖威師に対しては、当代の皇帝たちはいつも優しく親身に接してくれるが、それはこちらが神格を持つ身内だからだ。
「行きましょう」
祐奈が号令をかけ、アマーリエたちはタイミングを合わせて転移した。
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己の魂から紅葉色の光が溢れ出る。神格が露出してしまったわけではない。主神の力が近付くのを感じ、歓喜に鳴動しているのだ。天へと移動した体が一箇所へと引き寄せられる。他の聖威師たちも同様だった。それぞれが運ばれる――自身の主神の領域へ。こうなることは事前に聞いていたので、皆が散り散りになっても驚きはない。
(また後で会いましょう)
四方八方に飛ばされていく聖威の輝きを視界の端に映しながら、アマーリエ自身も超速で移動し、気付けば力強い腕に抱きしめられていた。温かい――温かい熱だ。
かつては毎日毎晩のように感じていた、当たり前のように自分と共にあった温もり。この5年の間も、折に触れて勧請したり、単発降臨してくれるたびに抱擁されて来たが、すぐに離れてしまった。
「フレイム!」
満開の花が咲くように笑みが零れる。顔を上げると、感極まった山吹色が見下ろしていた。
『ユフィー! 会いたかった……! よく来てくれたな』
背に回された腕にギュッと力を込められたが、慌てたようにすぐ緩められた。高位神が感情のままに力を入れれば、神格を抑えているひ弱な聖威師など、あっという間に締め潰してしまう。
「一月前も会ったじゃない。降臨してくれたでしょう?」
『だが、すぐ還らなきゃならなかった。お前とじっくり触れ合うには全然時間が足りなかったんだぜ』
不満そうに唇を尖らせたフレイムが、打って変わって蕩けるような眼差しを浮かべた。
『この時がずっと待ち遠しかったんだ。またユフィーと一緒に日々を過ごせる』
ありがとうございました。
先代の天威師と聖威師(日香とかアシュトンとか)が死にまくった天地狂乱事件については構想ができていますが、書けるとしても先になるだろうなと思います。