1.あれから5年後
お読みいただきありがとうございます。
第6章開始です。
統一歴3020年。
世界を統べる西のミレニアム帝国と、東の神千皇国。隣り合う両国の首都には帝城と皇宮が並んでいる。
(今日の仕事も終わりね)
帝都の一角にある神官府の総本山、中央本府。その本棟最上階にある大神官室で、18の時を知らせる鐘を聞きながら、アマーリエはうーんと伸びをした。
《リーリア様、後はよろしく》
本日の夜勤はリーリアだ。引き継ぎのために念話すると、打てば響くように応えがあった。
《ご苦労様でした。今日は何か大きな出来事や変事はありまして?》
《特に無かったわ》
《それは喜ばしいことですわね。一時期は神器の暴走や神荒れが頻発しておりましたから》
《私たちが神官府の長になった頃から、スッと激減したわよね。何度か騒ぎが起こりはしたけれど……今の夜勤は聖威師一名体制でも事足りるようになったし》
《先達の方々も天で安堵されていることでしょう。皆様、最期まで後進のことを気にしておりましたもの》
リーリアがポツリと漏らした言葉に、アマーリエは神妙な顔で頷いた。自分たちがこの地位に就いてから、もう5年ほどが経過している。有為転変は世の習い、というのは皇国のことわざだが、この数年で神官府も国も様々に変化していた。アマーリエたちを取り巻く環境も。
佳良とオーネリア、当波とライナス、そしてアリステルはもちろんのこと、アシュトンと恵奈、当真も既に天界へ還った。皆、人間としての寿命を全うして穏やかに往生した……のではなく、フルードに引けを取らぬ死闘の末に世界を守り抜き、壮絶死した上での昇天であった。
誰一人として最期まで膝を折ることなく、聖威師としての務めを完遂した先達たちの姿は、アマーリエとリーリアの魂に深く刻まれている。
《先代の……フルード様とアシュトン様の頃よりずっと楽よね。皆様、聖威師の人数が減ってしまうことを懸念されていたけれど、そんなの補って余りあるくらい務めの回数も難易度も目減りしたもの》
前代は聖威師の数が多い点では恵まれていたが、その分高難度の任務が数多く発生しており、先達たちは日々生命を削って対処に当たっていた。
現在は逆だ。聖威師の数こそ減ったものの、神器暴走や荒神出現の回数が遥かに減り、務め自体はとても楽になっている。あくまで、激務中の激務であった前代と比べれば、の話だが。
《帝国でも皇国でも新しい聖威師が顕現したし、ひとまずの人材は心配ないわ》
《神使選定も継続中で、天の目が地上に向きやすくなっておりますものね》
統一歴3014年から始まった神使選定は、現在も緩やかに続いている。当面は期限を設けず継続していくことになったそうだ。そのおかげで、選定役の使役と選ばれる側の神官たちには、良い意味で余裕ができていた。初期の頃は、早く選ばねば、早く選ばれなくてはという意識があったものが、かなり緩和されている。暫定とはいえ、リミットが無くなったためだ。
テスオラやエイリストなどの属国でも、ちらほらと選ばれる神官が出ている。テスオラ神官府の主任であるリーリアの父ヘルガも、先だって神使に選ばれた。娘との仲も徐々にではあるが修復されている。
なお、エイリスト王国は、国王が玉座を追われる形で王位を交代した。政権上層部の刷新と暗部の取り締まりが行われたことで、王国内は活気と明るさを取り戻しつつあるらしい。国の復興のため、エイールが陰に日向に力を尽くしており、バルドがそれを補佐しているとのことだ。エイリーも延命を決め、姉と共に生まれ故郷の支援に携わっているという。
これらはアマーリエがエイールから直接聞いたことだ。エイールとバルドを聖威師の茶会に同席させ、神使の予行演習をしてもらうことにかこつけて、情報を仕入れている。その上で、許される範囲で寄付金や物資提供など必要と思われる支援を行なっていた。その中には、エイリーに対して実施されている様々なケアやサポートに関わる資金援助も含んでいる。
ちなみに、エイールと共に祖国を陰から支えているエイリーは、裕福な家の誠実な若者に見初められ、顔良し性格良し器量良しの超優良旦那の妻として溺愛されてもいる。嫁ぎ先の義家族にも可愛がられ、何不自由ない至福の暮らしを送っているそうだ。これまでの散々な境遇を取り戻すかのような幸運の連続は、そのまま成り上がり系の娯楽本として出版できるほどだ。
……実を言えば、アマーリエがフルードと示し合わせ、密かにエイリーに神恩を授けたというのが真相なのだが。
ありがとうございました。