71.おまけ〜宝物は変わらずここにある 後編〜
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第5章、最終話です。
『ふふ、僕は純粋にセインの保護者だよ。もちろん、少しくらい君たちに会ってやろうかなとも思っていたがね』
『ちなみに俺はディスの保護者だ。ディスも菓子が食いたいとか言い出したからなぁ』
『我、最年長。保護者、不要。アレク、ウザい、失礼!』
『あ〜ごめんごめん、分かってるわよ〜。本当はクラーラちゃんもお菓子食べたかったの〜。きゃー美味しそう〜、いっこちょうだぁい』
疫神の不機嫌指数が高まったのを察した葬邪神が、ポンとクラーラの姿になってぶりっ子&おねだりポーズを決めた。疫神が爆笑し、一気に機嫌を直す。
『ユフィー、さっきの挨拶、見事だったぜ』
『うん、バッチリだったよ。レアナもとても堂々としていた』
満足げに言うフレイムとフロースが教えてくれたところによると、色持ちの神々が超天から総出かつ直々に対応するのは、有色の神格を得た聖威師が挨拶を行った時のみだという。色無しの神格しか持たない通常の聖威師の場合、同じく色を持たない神々が天界から応じるそうだ。
そうだったのかとアマーリエとリーリアが頷いていると、ラミルファが小さく噴き出した。
『ふふ、今しがたは二人とも綺麗に潰れていたがね』
『うっせ、ユフィーは潰れてても立派だかんな!』
『レアナも同じだよ』
『仕方ない新米のために、時々は邪神手作りの差し入れとラブレターを送ってあげよう。ぺちゃんこになっても起き上がれるように』
『んなもん要らねーわ、俺が毎日送るからお前は引っ込んでろ!』
『私もレアナにマシュマロを送りたい。焔神様、監修してくれ』
わちゃわちゃしている三神を呆然と眺め、アマーリエは胸中で呟いた。
(か、変わっていない……フレイムもフロース様もラミルファ様も、全然変わっていないわ)
心のどこかでポッと灯った明かりが大きくなり、じんわりと身の内を照らしていく。失くしてしまったと思っていた宝物を見付けたような歓喜が溢れた。
(誰も遠くになんか行っていなかったんだわ)
この大切で愛しくてかけがえのない光景は、自分が望めば、これからもいつでも見ることができるのだ。同胞が呼べば、この優しい神々は何を置いても駆けつけてくれるから。魂が泣いている。慕わしさと喜びで。自分の身内は、家族は、もう神々なのだ。
ふと視線を動かすと、しゅんとしたフルードが、それでもしっかり握って離さなかったフィナンシェをパクついている。もぐもぐしながら肩を落とした。
『挨拶の儀は終わったと、すっかり油断していました。後継たちにとんだ姿を見られてしまい……恥じ入るばかりです……』
『神になったら精神状態が外見に反映されるものね〜。元が人間の場合、甘えてたり安心すると子どもの姿になることもあるの。でも、すぐ自在に制御できるようになるわよぉ』
『失敗、誰にでもある。ちょっと経つ、笑い話。問題、無い無い。我も自由に外見変えてる』
クラーラと疫神……この場合ロールという呼称の方が良いのかもしれない……がヨシヨシと励ましている。
ラミルファが言い合いから離脱してフルードの元にすっ飛んで行き、優しい声で大丈夫だよと慰め始めた。それを聞いたフルードが、パァァッと輝くように破顔する。曇天の空を割って差し込んだ陽光が世界を照らすかのごとき笑顔で、にこにこしながら頷いた。心から安心し切った、どこまでも無垢な顔で。
大神官の頃からは考えられない隙だらけの姿に、アマーリエはまず驚愕し、それからホッとした。フルードはもう痛くないのだ。苦しくも、悲しくもない。泣いてもいない。だってこんなに嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに笑っている。
(フルード様はもう耐えておられないんだわ。素のままのご自分を出せるようになったのね)
この姿が素だとしたら、地上にいた頃の彼は本当に無理をしていたことになる。現在は昇天したてで気が緩んでいる部分もあり、これまでとの差が特に顕著になっているのかもしれないが。
だが、とにもかくにも、大神官という重責や聖威師という立場から解放され、自由になったのだ。暗い場所も高い所も大きな物音も、本心のままに怖がれる。怖いものは全て、彼を愛する神々たちが蹴散らしてくれる。今の彼はもう、何も背負ってはいない。
「…………」
改めて神々を見回すと、視界が滲み、頰に熱いものが伝った。血相を変えたフレイムが覗き込んで来る。
『どうしたユフィー?』
「ううん、何でもないの……ただ、皆様相変わらずでいらっしゃるから……」
皆で過ごしたあの幸せな日々は、夢でも幻でもなかった。ちゃんと現実にあったことで、今後も続いていくものなのだ。
「実を言うとね、さっきの儀式で、何だかフレイムたちが遠くへ行ってしまったように感じていたの。それですごく寂しかったのよ。けれど、そうではなかったんだと気付いて、今すごくホッとしているわ」
『俺はどこにも行かねえよ。天地に分かれても、お前の声は必ず俺に届く。ずっと繋がってるんだからな』
当然だとばかりに言い切ったフレイムが、不満げに口を尖らせた。
『本当はセインに修行付けてやったみたいに、ユフィーも天界に召し出して色々教えてやりたいが……それは難しいんだ。詳しいことは割愛するが、セインとアリステルの時は、状況が混み合ってたりかなり切迫してたから、特例でそういうやり方ができた。けど、普通は聖威師を天に留めることは推奨されねえから』
フロースも残念そうな顔で首肯しているので、同じ理由で断念したのだろう。聖威師は神格を抑えて地上にいるからこそ聖威師なのだ。簡単に天と地を行き来できるわけではない。
「大丈夫よ。アシュトン様たちが、残された時間でみっちり鍛えて下さるそうだから。フルード様からも基礎を叩き込まれて来たのだし」
「フロース様方も、特別降臨されている間は、折に触れてご指導や助言をして下さいましたでしょう。そちらもわたくしたちの血肉となっておりますわ」
アマーリエとリーリアは、安心して欲しいと言わんばかりに微笑んだ。一年に満たない期間ではあったが、主神やフルードから教えを受ける時間はきちんとあったのだから。
『そうか。何か分かんねえこととか不安なことがあれば、いつでも喚ぶんだぜ。セインも泡神様もラミルファも、ここにいる皆を頼って良いんだ。もちろん俺のことも。お前の声が聴こえたら、すぐ飛んでくからな』
「儀式の時も言ってくれたものね。俺が付いてるって」
『ああ。俺の魂はいつだってお前と共に在る。だから何も心配せずに進め』
そっと腕が回され、中に抱き込まれた。何より確かな温もりに包まれて、頷く。
『ええ。フレイムと一緒だから、きっと……いえ、絶対に大丈夫』
天堂の窓から、燦々と陽光が照り付けている。煌めく日差しを反射し、山吹色の双眸が幻想的に輝いていた。その光を記憶に刻み、最愛の夫に笑顔で応えながら、アマーリエは心の中で誓った。
寿命の限り進んで進んで進み続けて――その果てで迎える最期の日、自分は胸を張って、この家族たちの元に還るのだと。
ありがとうございました。
本日の夜、第6章の1話を投稿します。