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68.何者かになる必要はない

お読みいただきありがとうございます。

(フレイムたちが遠くに行ってしまうのではない……その遠い所が本来の居場所で――私もそこに行くのだわ)


 疫神からアマーリエを守るため、世界に合わせて抑制している神威を解放しかけたフレイム。あの時、彼がどこか遠い遠い場所へ昇ってしまうように感じ、焦燥を覚えた。今も、フロースやラミルファが果て遠き彼方へ上がってしまったと思い、悲しかった。


 だが、違うのだ。その絶域こそが、選ばれし神である彼らが在るべき本当の場所。そして、フルードと同格の色持ちの神であるアマーリエ自身も、いずれ行くべき領域なのだ。


(そうだわ、前にフルード様が言っていた……)



 ――ああそうだ、アマーリエ。これは覚えておいて下さい。有色の神々は、便宜上は神と呼称されていますが、実際は全てのものを超える絶対存在なのですよ。正真正銘の絶対者なのです。普段はお力を抑制なさっておられますし、何よりお振る舞いがアレなので、中々実感できないと思いますがね



 その言葉を聞かされたのは、聖威師になった直後だった。その頃のアマーリエは、新しい環境に慣れるのに精一杯でだったこともあり、『へぇ、高位神ってすごい存在なのね』と思う程度で流していた。


 だが今、その言葉を真の意味で理解する。

 有色の神はなにものをも超越する存在なのだ。絶対存在――いや、それをも超える。正確に言えば、絶対という言葉ですら表現できない。人間の語彙では表しようがないため、最も近い単語を強いて当てはめるならば絶対と表記する、そんな存在なのだ。


(私も色を持つ神。いずれあの場所に行く。至高の神がいる超天に達する絶対者として……()()()()()()()()()()のだわ)


 これらの思考は、実際の時間では刹那のことだった。居並ぶ神々の中から葬邪神が一歩進み出ると、両手を広げて朗々と告げる。


『聞け、アマーリエ・ユフィー・サード。汝が誓いの言葉は天を超え、新たなる大神官の産声(うぶごえ)として我らの心に達した』


 その横に悠然と屹立する疫神は青年姿だ。濡れたような艶香(えんか)を放ち、薄い笑みを浮かべている。


『その意その姿を、我ら神々一同心より歓迎しましょう。我が義妹にして我らが同胞よ』


 同じく前に出たブレイズが宣言した。そして、先代大神官となったフルードが厳かに口を開く。


『大神官アマーリエ・ユフィー・サード。我が後を継ぎし者よ。古きを尊び、しかし前例に捉われすぎることなく、神官府に新風を吹き込ませなさい。何者になれるかを考えずとも良いのです。その日その時の自分にできることを着実にこなしていけば、汝が身は自ずと大器に至るでしょう。あなたにはその力があることを、私が保証します』

「っ……ありがたき幸せにございます」


 半ば茫然自失で立ち尽くしていたアマーリエはハッと我に返り、事前に練習して来た通りの台詞を返して叩頭する。ここで呑まれてはならない。我を失ってはならない。自分を後継の一人としてくれた彼の前で、無様な姿は見せられない。


(おもて)を上げなさい。これより先、あなたの周囲にはこれまで以上にへつらい、おもねる者たちが手を伸ばして来るやもしれません。人世という荒波の中、笑顔の仮面を貼り付け甘い蜜を狙う毒虫に惑わされてはなりません』


 顔を上げてみれば、澄み渡る青が真っ直ぐにアマーリエへと注がれていた。その透明な眼差しに吸い込まれそうになる。


『他者を陰で()(ざま)に罵り、その不幸を望む輩と、まともに向き合う必要などありません。志高き者は、愚劣な者が(ねた)(そね)みに溺れている間も寸暇(すんか)を惜しんで修練に励み、自己の研鑽に努めています。真実信を置ける者は誰であるか、自分はかくあるべきかを、正しく見極め思い定めるのです』

《アマーリエ。私の甲斐性(かいしょう)が無いばかりに、あなたに重荷を背負わせてしまいました。まだ聖威師になって一年も経っていないあなたに》


 木霊しながら放たれる音声と並行し、脳裏にフルードからの念話までが響いた。普通に肉声で話せば良いのにと思いつつ、念話返しを行う。


《何を仰るのですか。フルード様は最期までご立派でした。あなたに甲斐性が無いのなら、他の者はどうなるのですか》

《私は16年ほどしか大神官の任を果たしていません。15歳の終わりに大神官となり、31歳の終わりに世を去りましたから。アマーリエが長じれば、私などよりもずっと長くその地位に在り、私より多くの務めをこなし、そして私よりも遥かに優れた大神官となるでしょう》

《それは有り得ません。大切なのは年数よりも、何をどれだけ為したかです》


 アマーリエは心の底から断定した。フルードが打ち立てて来た功績は、枚挙にいとまがない。まさしく比類なきものだ。

 高位神器の暴走を幾度も食い止め、数多の怒れる神を宥め、神官府の頂点として君臨し、天威師と並んで崇敬の的で在り続け、最高神の神器を鎮めるという最上級難度を超えた超次元級の任務を幾多も完遂した。


《フルード様以上に偉大な大神官などおりません》


 寿命と限界を超えても地上に留まり続け、今際の死闘では最高神全柱の力を注がれた神器に立ち向かい、四肢を失い喉元をかき切られ、全身を穴ぼこだらけにされながらも務めを果たし抜き、世界の森羅万象を守り切った。

 彼は最期の最期まで大神官だった。末期に吐いた一息が虚空に溶け消える刹那まで。その姿の何と崇高であったことか。


《フルード様の働きにより、世界は何度救われ、どれだけの生命が未来へ繋がったか。あなたは遥か後の世まで、最高峰の大神官と称えられるでしょう》


 代々の聖威師は、全員がそれぞれの形で死力を尽くし、粉骨砕身の体で己が務めに邁進して来た。それらは順位など付けるべきものではなく、最高も最低も無い。そのことを十二分に承知していながら、しかし、アマーリエはそう言わずにはいられなかった。


《…………ありがとう》


 一拍置いて返って来た声は、眼差しと同じ優しさを帯びていた。きっと伝わったのだ。こちらの心が。


《先ほどは、寸暇も惜しまず研鑽せよなどと厳しいことを言いましたが、擬人化した聖威師には休息やガス抜きも必要です。鬱憤やストレスが溜まった時や愚痴を言いたい時は、遠慮なく私と交信して下さい。いくらでも聞きますから。聖威師同士で発散し合うのも良いでしょう》


 穏やかな声でフォローを入れたフルードは、つと声音を改めて続けた。


《時にアマーリエ。私は地上でやり残したことがあります。その内の一つを、もし余裕があればで構いませんので、あなたに託したいのです》

ありがとうございました。

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