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58.ただ、何かを為せたらと

お読みいただきありがとうございます。


※本話も前話に引き続き、流血表現・残酷描写・グロ等注意です。

申し訳ございませんがよろしくお願いします。

(ラミ様の導きによりハルア様の寵を受けた僕は、お兄様とも巡り合い、天界最強の神々の懐に抱かれ、何不自由ないどころか最高の暮らしを手に入れた)


 噛み締めていた一撃目の刃を吐き出すと、刃に両断された舌と、受け止めた衝撃で抜けた数本の歯も、鮮血と共に口内からボロボロと零れ落ちた。


(最低の地獄から最上の天国へ……これほど大きな上がり幅のある生涯を歩んだ者は、きっとそう多くない)


 さらに進んでいる間にも、飛び交う攻撃を喰らった胴体から中身が噴き出す。あちこちに開いた風穴からひゅぅひゅぅと妙な音を噴き上げる体。穿たれた傷穴からは内臓やら何かの液体やらが溢れ出る。螺旋状の攻撃が身を穿ち、臓腑と骨肉がぐちゃぐちゃに攪拌(かくはん)されると、全身が痙攣して赤黒い塊が体外に溢れ出し、鉄錆(てつさび)の味が喉元にせり上がった。

 少しでも出血を抑えるため、聖威で傷の断面を焼くか高速縫合しようとするが、損傷が多すぎて追い付かない。無駄な努力はあっさりと止め、圧迫止血に専念した。


 その間も決して止まることなく体をにじり寄せ、気が付けば秘奥の神器と停止の神器は目の前にあった。もう少しで触れられる。登録してあるのは右手の人差し指。それを停止神器に触れさせさえすれば、止めることができる。


(僕は奇跡のような幸運に恵まれて救われた。けれど、今も世界のどこかで理不尽に痛め付けられている人々全員に、そのような大逆転が起こるわけではない。微塵の救いすらなく、絶望の中で果てる者もたくさんいる)


 神器が凶悪に煌めく。陽光が反射するようなギラリとした光が目に刺さった。熱線が来る、と直感が告げる。右腕を焼き消すつもりだと。それだけはさせてはならない。

 灼熱が放たれる寸前、聖威を発動し、自身の右の手を肘下から切り飛ばした。そのまま聖威で絡め取り、停止用の神器へと飛ばす。半瞬後、照射された光線が、瞬き一つ前まで右腕があった場所を灼いた。


 入れ替わりに、宙を舞った右腕が停止用の神器にコツンと当たった。ちょうど人差し指が触れるよう、腕を巻き取った聖威で方向や角度を微細に調整された上で。


(頑張っても頑張っても頑張っても、苦しんでも苦しんでも苦しんでも、どれだけ泣けどもがけど、一向に報われない。世の中はそんなものだから)


 ボン、と何かが爆発するような破裂音が反響した。停止用の神器が輝き、呼応した秘奥の神器が動きを止める――寸前、最後の足掻きのように高温の刃を数撃飛ばした。その一つを受けた右腕が燃やされ、灰も残さず消滅する。別の一撃はフルードの首筋をざっくりとかっさばいていった。

 だが、一度停止の神器に触れた以上、右腕がなくなろうとその所有者が致命傷を負おうと、停止自体は有効だ。ブスブスと煙を上げている秘奥の神器は、もう動かない。


(いっそ神器の暴走でも神の怒りでも何でも良いから、こんな世界などさっさと滅ぼしてくれと嘆いている者もいるかもしれない)


 無音となった離れの静寂が痛い。残った左目の視界に、赤い液体が床へ広がっていくのが見えた。それが何かは考える間でもない。力尽きたことで、聖威による血止めが緩みつつあるのだ。深く切られた首筋も、咄嗟に聖威で抑えて止血したが、その抑止も消えかけている。


(それでも……無垢な眼差しで日々を生きようとする人々を知り……その姿に感銘を受けた以上、世界を守らないという選択肢は僕の中には無くなった)


 体に力が入らない。じわじわと視界が黒ずんで来た。思考にぼんやりと霞がかかる。限界だ。間も無く聖威が完全に切れる。その瞬間、自分は失血死するだろう。


(だからこそ――せめて、この世界の汚い部分に沈められて苦しむ人々に……ほんの少しでも助けになれる何かを為せたらと……その一心を胸に生きて来た)


 半ば感覚が無くなりかけている体に、フッと何かが掛かった気がした。左目を動かすと、篝火のような山吹色の目が見下ろしていた。


『セイン、よく頑張ったな。神器、ちゃんと鎮まったぜ』

《お兄様……まだお還りになっていなかったのですか?》


 もう声が出せる状態ではないので、念話で話す。いつの間にやら、自分の傍に片膝を付いて顕れていた兄に驚いた。特別降臨の期限が来た彼は、つい先ほど天に還ったと思っていたが。


『いや、還ったけどまた降りて来た。今回だけは特別の特別だって母神が許してくれたんだ。

 一瞬だけですぐ還らなきゃならねえけど』


 返事を聞きながら視線を下に巡らせれば、体をすっぽりと赤い神衣が覆っていた。今しがた掛かったものは、フレイムの外套だったようだ。だが、肢体と同じく悲惨な状態になっているであろう顔の右側は覆わない。全てを隠す必要はない、この傷はお前の成果であり誇りなのだとでも言うように。


《忘れ物でもなさったのですか?》

『違う、違う。つか忘れ物して取りに来る神ってかっこ悪いな……』


 フレイムが苦笑いした時、離れの扉が勢い良く開いた。

ありがとうございました。

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