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56.終わりの前に

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


(これで本当に終わる)


 離れの前に来たフルードは、副主任一同を退避させた上で、自嘲気味に唇を歪めて下を向いた。最後にもう一度、神官府の中を一回りしたかった……などという感慨は抱かない。いつ天に昇っても良いように、普段から隅々までの風景を目に焼き付けている。


(僕はもう、元々持っていた寿命を超えている。本来ならば既に死している体を、無理矢理動かして来た。そのせいで、体が人の皮としての機能を果たさなくなりつつあり……心も変わりかけている)


 天堂から脱出し、棟の外に出るか否かという話になった時。当真は、神々と聖威師の追いかけっこに地上と人々が巻き込まれることを懸念し、こう言った。



 ――後で治癒や復元ができるとしても、不要な騒ぎは極力起こしたくないよ。記憶除去を併用したって、巻き添えを食った側は一度は恐怖を感じるんだ。後で元通りにできるから、忘れさせられるから良いというものじゃない



 至極真っ当な言い分だ。アシュトンやアマーリエたちも、当たり前だと同意していた。

 だが。あの場において、フルードはそう思っていなかった。復元や回復、記憶消去で対処すれば良いと、ごく自然に考えていた。そのことを当真の言葉と聖威師たちの反応で認識させられ、血を吐くほどの衝撃を受けた。



 ――どうせ復元すれば良いのですから



 脳裏をよぎるのは、かつて自分が放った台詞。照覧祭(しょうらんさい)の開始前――リーリアが邪霊の王子ゲイルに憑かれていた時だ。ラミルファが黒炎で神官府を吹き飛ばした時、フルードは笑顔と共にあっさりそう言った。


 だが、良いはずがない。一般の神官や民間人は強制転移で避難させたとはいえ、いきなり神官府が爆発したのだ。騒ぎには慣れていても、少なからず驚きと怖れを覚えただろう。無事に逃したから、直せるから大丈夫というわけではない。


 なのに、自分は当然のように、どうせ元通りにできるのだし問題ないと考えた。同じように思う人間も一定数いるだろうから、人の思考の範囲内ではある。だが、今までのフルードならばしなかった考え方だ。

 聖威師の激務の中では、事態解決を第一とし、被害部分は後から無かったことにしなければならないこともある。それでも、できる限りそのような方法は取らないよう、被害そのものを少なくできるよう、目指して来たはずなのに。


 自分は、従来持っていた人への情を薄れさせつつある。徐々に徐々に、地上や人間に対しての気配りがおざなりになって来ている。

 あの時、こちらの返答を聞いたラミルファは無言で微笑み、話題を変えた。きっと分かったのだ。フルードの体はもう限界で、人間への想いが少しずつ薄まりかけて来ていると。


(限界が来ている。僕はもう、人間でいることはできない。近く人の皮がずり落ちる。だから、これが……正真正銘、最後の仕事になる)


 扉に手をかけようとした時、傍に虹の光が降り立った。紅色と(てん)色。フルードは軽く目を瞠った。


黇死皇(てんしこう)様。それに紅日(こうにち)皇后様も。皇后様は外向きのお務めに出られているとお伺いしておりましたが、終わられたのですか?」

「やっほーフルード君。そうだよー、状況聞いてビックリしちゃってさ。最速で務め終わらせて、飛んで帰って来たのー」

「行くのだな。最後まで己の使命を果たすために」


 共に微笑む二人は、瞳の奥に悲しげな光を覗かせていた。秘奥の神器が暴走したことは、当然天威師にも報せている。秀峰がフルードの両手を握った。


「神器への対処は聖威師でなくばできぬ。秘奥の神器の鎮静化は最難関の中でも最も高難度のものであるが、そなたならばやり遂げられよう。そなたは私たちが仕込んだのだからな」

「はい、黇死皇様」

「私たちも遠くない内に昇るから、上で待っててね~。……少しの間だけ、さようなら。()()()()()()()()よ」

「時が来たらまた会おう。そなたは有色の神ゆえ、超天へも来られよう。()()すれば()()()()()()()となるのだしな」

「ありがとうございます、黇死皇様、紅日皇后様」


 かつての自分が、立派な聖威師として立ちたいと志すきっかけになった皇后と、かけがえのない教えを惜しみなく授けてくれた皇帝。彼らにもう一度礼をし、フルードは離れの扉を押し開けて中へ踏み入った。

ありがとうございました。

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