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52.最悪の事態

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「神官ルリエラが秘奥の神器を持ち出して離れの棟に立て篭もった?」


 フルードの硬い声が大神官室に響き渡り、執務デスクの右横に控えたアマーリエも表情を強張らせた。


(そんな……)


 そっと視線を流すと、デスクの左横に立つリーリアも端整な顔を歪めている。

 現在は、朝方に起こった遊運命神と戦神、闘神の盛大な勘違いによる騒ぎから数時間が経過したところだ。夜明け前から降り続いていた雨は止み、日差しが照り付けていた。


 ◆◆◆


 昨日は結局、遊運命神に神罰の取り消しを願い出ることはできなかった。アマーリエの無事が確定するまでは、天堂は緊迫した空気になっており、残っていたアリステルも遊運命神にレシスの神罰について言い出す余裕はなかったという。


 騒動が片付いて天堂に戻った時、彼の神はまだ残っており、アマーリエを見るなり真っ先に謝罪してくれた。神罰に選ばれてしまったアマーリエとフルード、アリステルの状況を念入りに神威で確認し、悪神の加護等により安泰になっていることを把握すると、心の底から胸を撫で下ろしていた。


 これは好機だと、アマーリエたちは神罰そのものの解除を依頼しようとしたのだが――タイミングの悪いことに、遊運命神はさっと場所を移り、他の聖威師たちや主神たちに詫びを入れていた戦神と闘神にも陳謝を始めてしまった。

 幸い、神々の間に亀裂や軋轢が入ることはなく、思い違いが解けたなら良いという和やかな雰囲気だったが。


 加えて、アマーリエとフルードの方も、佳良たちやブレイズ、ルファリオンなどに礼を言い、心配していた聖獣たちを宥めたりもしなければならなかった。そうして(せわ)しなくしている間に、遊運命神は天に戻ってしまったのだ。

 去り際、一度だけこちらを顧みた彼の神は、小さく唇を動かしていた。だが、何と言ったかは分からなかった。


 結果、やはり遊運命神とは後日交信ないし勧請を行い、そこで改めて請願するのが良いだろうということで落ち着いた。


 ◆◆◆


「申し訳ありません」


 目の前では、主任神官が深く頭を下げている。アマーリエは何とも言えない思いで、そのつむじを見つめた。

 中央本府の主任神官。一年前の自分にとっては、遥か雲の上の存在だった。世界王たる帝国と皇国の国王と並び、人間最高峰の地位と身分を持つ者。そして、このようなことが起こらず順当にいけば、四大高位神の御使いとして栄華を極めるはずだった者だ。


 中央本府の主任神官と副主任神官は、昇天後は上級神使として遇され、四大高位神全てに仕える特別な使役になる。性格や思考によほど問題がある場合、途中で降格及び更迭などをされた場合、神の不信を買ってしまった場合などは別だが。原則は全使役の長たる大精霊の直轄下に入り、地水火風の最高神に奉仕する。


 史上初となる神使選定においても、中央本府の主任と副主任四名に関しては、選考対象から除外されていた。四大高位神の共通使役になることが初めから決まっているからだ。

 ただし、箔付けの神格を賜るのは昇天してからと定められていた。地上にいる時分に神性を授かってしまえば、人間でなくなり聖威師となってしまうからだ。例えそれが限定的な神格であっても。


 神格を持つ存在は、地上での言動に大きな制約を課される。そのため、天威師や聖威師とは別に、人間の国王や主任神官たちを置くことが必須だ。

 だが、その彼らが神格を賜って人間をやめてしまえば、肝心の主任と副主任の地位に就いていることができなくなり、本末転倒になってしまう。ゆえに、主任たちが神格を授かるのは昇天後と決まっていた。


 眼前のこの男性には、めくるめく幸福と光ある未来が約束されていた。箔付けとはいえ神格を賜れば、広義では神族に含まれる。神々から完全な身内とまでは認識されずとも、広い意味での同胞としてそれなりの扱いや配慮はしてもらえるようになっていただろう。

 なのに――たった一人、いや二人の浅慮な神官のせいで、半ば確定していたそれらの未来を、全て失いかねない事態に陥っている。


 主任自身は、霊威師と聖威師、そして天の神の間に立ち、少しでも最適な対応ができるよう肺肝を尽くしていた。今回に関しては、ルリエラに信を置きすぎたという大失態を犯してしまったが、能力面でも人格面でも決して拙劣な人物ではなかったのに。


「説明しろ。どういうことだ」


 フルードの左横に立つアシュトンが、鋭い声で問い質した。顔を上げて良いという許可が出ていないため、主任は床を見つめたまま答える。


「昨日、私と帝国王の元に天よりの使役が訪れました。伝えられた内容は様々ありますが、重要な部分を抜粋しますと、まずはルリエラとシュレッドによる印の持ち出しと無断使用の件。自分本意な解釈での奏上を行ったこと。そして聖威師様方はご無事であること」

「実際には主任も国王も押印していないのに、押印立会人としてルリエラが署名したことは?」


 問うたのはフルードの右横に佇むアリステルだ。火急の報せがあると主任が駆け込んで来たことで、彼もこの場に呼ばれていた。ラモスとディモスは先にアマーリエ邸へ帰っている。


「もちろんお聞きしております。その件も立派な詐称として処罰案件となりましょう。また、国王は紺月帝様からもご注意を賜ったそうです。王が側近の選定を誤ったがために、聖威師が危険に晒されてしまったのだ、と」


 アマーリエたちの前ではにこやかな態度だったクレイスだが、内心では相当おかんむりだったようだ。


「国王が報を受けた場には、当のシュレッドも同席しており、即時捕縛となりました。ただ、彼はその直前ルリエラに念話し、計画が不成功に終わったことを伝えたようなのです。それで自棄になったルリエラは、秘宝の神器を持ち出して離れに立て籠もりました」


 国王と同じ報せを聞いた主任神官は、すぐにルリエラを探した。だが、その時には既に姿が見えなくなっていたという。彼女の霊威を追ったところ、神官府の一角にある離れの棟から気配を感じた。


「離れの扉を叩いて呼びかけたのですが、酷く取り乱した声で、『聖威師様さえお還り下さればそれで良いのに』『私が主任様をお救いする』『全ては主任様のために』と繰り返すばかりで、全く話が通じないのです」


 神器の力で離れ全体に結界を張っているらしく、主任の霊威でも押し入れないという。当然、内部に転移しようとしても弾かれる。現在は、一般の神官にはまだ事実を伏せたまま、副主任神官と一部の高位神官が対処に当たっているという。

ありがとうございました。

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