49.禍神降臨
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二対の黒眼がそちらを向き、瞬時に後方へ飛び退る。左右に割れた二神の間に、ヒラリと影が降り立った。
顕現したのは、人外の美貌を持った神だ。外見としては男神だが、神に相応しく性別を凌駕した中性さを醸している。醜さが極まり切ると、それは一周回って美となる――そう思わせるような麗姿は、滴るような凄みと恐ろしさすら感じさせた。
両脇に分かれた葬邪神と疫神がピタリと動きをそろえて片膝を付いた。体を起こしたラミルファとフレイム、戦神と闘神も跪いて低頭する。
「っ…………」
心臓を基点に体中の血液が凍り付いていくような感覚と共に、アマーリエもその場に額突き、床に付くほど深く頭を擦り付けた。隣ではフルードも叩頭して敬意を評している。
『これは父上』
『ご機嫌麗しく』
双子神が息の合った挨拶を奏上する。最初に恭しく述べたのは葬邪神、次いで胸に片手を当てている疫神。両者の肢体に、動きを抑えるような形で禍神の神威がやんわりと絡んでいる。
『皆、面を上げて楽にせよ。さて、兄弟喧嘩はここまでだ』
聞いた者をあっという間に夢の彼方へ連れ去ってしまいそうな、幻惑的な声が放たれた。
『ラミと同胞がそなたらの威圧に当てられているのが視えた。そなたらの気はあまりに規格外すぎるのだ』
『これは失礼いたしました。ディスの聞き分けがよろしくなかったもので、つい』
『アレクは相変わらず融通が利かないため、少し煽ってやろうと思いまして』
棘のある互いの台詞に、双子の気が再び険を孕んだ。その身に絡む禍神の力が僅かに強さを増す。
『ここではならぬ。ラミが痛がる』
再度の制止に、葬邪神と疫神は気迫を収めた。だが、続く言葉は相反するものだった。
『とは言え、ラミは温厚ではあれど私やディスと対等な荒神。いざとなれば防御可能なので、そこまで案じる必要はないかと』
『それはいけませんね。小さくか弱いこの子に、我とアレクの神威は強すぎる』
ラミルファに対する認識に差がある理由は、末弟に関して自分しか知らない情報と経験を持っているためだ。単純に、各々の考え方や重視する点が違うということもある。そして、両者が弾き出した答えは、異なるものでありながらどちらも正しい。真実は一つだけではないからだ。
『大事な弟のためなれば退きましょう』
ふっと笑った疫神が全身の力を抜く様子を見て、葬邪神も気を鎮める。暴威が凪いだのを認め、禍神が両者を緩やかに抑えていた御稜威を消した。その瞬間、自由になった疫神が淡い笑みを刷いてアマーリエとフルードを見た。
『喜べ雛たち、上手くいったぞ。ほれ、返してやる』
ポンと放り投げられた物が、キラリと煌きながら中空を飛ぶ。両手を差し出すと、まるで狙ったように掌中に収まったそれを確認したアマーリエは、横から覗き込んだフルードと共に快哉を上げる。
「やったわ! やりましたねフルード様、神威の充填完了です! ありがとうございます疫神様!」
「ええ、これで心残りが一つ消えました。疫神様のご配慮に心よりお礼申し上げます」
アマーリエの手に戻って来たのは、滞留書に署名するための専用ペンだ。五色の宝石が輝き、全ての神威が満タンに補給されている。
『ありがとう二の兄上!』
先ほどまで痛いと騒いでいたはずのラミルファがケロッとした顔で跳ね起き、次兄に飛び付いた。よぉしよぉしと末弟の頭を撫でる疫神の目が柔らかい。弟が懐いてくれて嬉しいようだ。
『よっしゃ、あざっす疫神様!』
『これであと千年ほどは安心だなぁ』
フレイムが指を鳴らし、葬邪神が愁眉を開き、戦神と闘神も諸手を上げて喜んだ。
『良かった良かった、これで当面は安心だー!』
『レイ、気持ちは分かるがはしゃぎすぎだぞ』
皆が安堵と歓喜に満たされる中、一柱だけキョトンと瞬きしている神がいた。言わずもがな、禍神である。
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