46.圧巻
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『ユフィーッ!』
紅蓮の焔がとぐろを巻き、ワインレッドの髪が踊る。夜空に昇る一等星のごとく輝く山吹色の双眸を認めた途端、安心のあまりヘナヘナと崩れ落ちそうになった。
ラミルファが特別降臨した際、気が抜けて意識が遠くなりそうだと言っていたフルードを思い出す。あの時の彼もこのような気持ちだったのだろうか。
『結界を破ったか』
虚空を一瞥し、疫神が呟く。不可視の壁が割られた様が視えているのかもしれない。
『大丈夫か!?』
脱力した体が抱きとめられる。アマーリエのことを何よりも誰よりも優先してくれる熱に包まれると、焦燥がじんわりと溶けていく。
『アマーリエ!』
「無事ですかアマーリエ!?」
常より一段高い声を上げ、ラミルファも顕現した。普段張り付けている軽薄な笑みがない。相当必死で探してくれていたのだろう。フルードも共に現れる。
『遅くなってごめんな……』
忸怩たる表情のフレイムに抱きしめられる。そっと優しく、だがぎゅっと力強く。
『怪我はないか?』
「ええ、平気。戦神様と闘神様がいらしたところを、疫神様が守って下さったの。私から事情を説明して誤解は解けたのだけれど、今度は疫神様に滞留書を書くペンを取られてしまって。返して下さらないの」
フレイムとラミルファが動きを合わせて疫神を見た。不敵な笑みを刷いた疫神がこれ見よがしにペンを顔の横で回す。
『これがなくば滞留書の更新はできまい? 書面だけあってもなぁ』
『……どういうつもりですか、疫神様。どうして――』
『どうしても何も、我は元々強硬派だ。雛たちの昇天賛成派であるぞ。この方法ならば雛たちを腕ずくで屈服させる必要もなし、自然と天へ還すことができるであろう。これは今ここで壊してしまおうか』
逞しい手が握力を強め、中に閉じ込められたペンが締め上げられて軋みを上げる。
『おやめ下さい兄上! 何故あなたが……お返し下さい!』
『愛する弟の頼みではあるが、今回は断る』
疫神の手に、さらに力が入れられた。
『返せっ!』
ラミルファが顔付きを変え、右手を掲げながら床を蹴る。ゴゥと漆黒の炎が渦巻き、掌中に収束して剣となった。跳躍の勢いのまま、黒剣で斬りかかる。疫神が瞳を和ませて苦笑した。
『無理をするな。前も言っただろう、お前は荒事などせずとも良いと』
『させているのは兄上です!』
末の邪神に呼応し、戦神と闘神も獲物を召喚すると、左右から迫撃した。
『ユフィー、下がってろ』
アマーリエを後方へ退避させて結界を纏わせ、フレイムも駆け出した。瞬き一つもしない刹那で床を壁を天井を蹴り、疫神の上方背後から一直線に翔け降りる。タイミングを合わせて腕を振るえば、燃える剣が手中に出現し、紅蓮の神炎を噴いて燃え上がった。
『今度は四柱で来るか。何ならアイとセラも呼んで六柱がかりでも良いのだぞ。この場には我が結界を張っておる、少しくらい体を動かしたとて余波が外に漏れることはない』
余裕の体で応じた疫神は、弧を描いた口端から愉しげな哄笑を響かせた。
『そら、舞え舞え! 荒神同士の戯れだ』
言い放つと同時、上体を軽くずらしてラミルファの剣をいなし、手首を打ち据えて黒剣を弾く。そのまま半歩左に動くと、左方から迫っていた戦神の腕を掴んで投げ飛ばす。次いで、右から強襲する闘神も同じく腕を捻って放り投げた。そしてひらりと身を翻すと、フレイムの斬り下ろす一撃をかわし、後ろ回し蹴りを腹に叩き込む。
戦闘神たちが宙返りして着地し、間を開けず再度打ちかかる。虚空を飛んでいった黒剣には見向きもせず、ラミルファが手刀を打ち出した。後ろに跳んで蹴りの勢いを殺したフレイムも、炎剣を振り抜く。
と、疫神が手を止め、ふと口元を緩めた。
『やはりお前たちは駄目だ。遅い。温い。甘い。……弱い』
精悍な肢体から黒い稲妻が迸り、閃光と共に槍と化す。流麗な動作で黒雷の槍を一回転させれば、舞い散る火花が軌跡に沿って真円を描き、向かい来る四神がまとめて吹き飛ばされた。
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