41.救いの神は
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ヒュン、と風が鳴る。
「い、いやぁ!!」
体を縮めたアマーリエは、ぎゅっと目を瞑った。心臓がハイスピードで鼓動を鳴り響かせている。閉ざされた視界の中、心音と自身の息遣いだけを追い――数呼吸後に疑問を覚えた。
(攻撃が来ない……?)
もしや、知覚する間もなく首と胴を切り離され、今はもう天界にいるのだろうか。そういえば、何故か全身が温かい。誰かに抱えられているようだ。だが、フレイムではない。夜勤以外の日は毎晩この肌で受け入れている彼の熱を、感じ間違えるはずがない。
「…………っ!?」
ブレイズやルファリオンが抱えてくれているのだろうか。線の細いあの二神にしては力強い感触だが……自分はやはり天界に還されてしまったのだろうか。そう思いながら、恐る恐る目を開いたアマーリエは、ひゅっと息を吸い込んだ。
「え、疫神様……」
長い黒髪が揺れる。精悍な美貌と逞しい長身。双子の兄とよく似ているが、より中性的な艶めかしさを帯びる麗姿。
左腕でアマーリエを抱えた青年姿の疫神が、かざした右腕でサーベルと方天戟をまとめて受け止めていた。
『おや、起きていたか。ちっとも動かんゆえ、気絶したかと思ったが』
疫神が妖絶に笑った。流れ落ちる髪がサラリとそよぐ。葬邪神は緩く波打つ頭髪を持っているが、疫神の髪はよりストレートに近い。
『ディス様、どうしてここに!?』
『何故雛を守られるのです?』
オリーブの目と金糸雀色の瞳を見開く神々に、疫神は唇の端を持ち上げて右腕を押し込んだ。最後まで振り抜かず、途中で止めていたが、それでも戦神と闘神はそろって後方へ跳ね飛ばされる。
『お前たちがおらんことに気付き、探しに来たのだ。こちらも聞くが、お前たちは何故雛たちを手にかけようとする?』
『大事な同胞を救うためです!』
『全ては雛たちを守るため』
目眩を覚えたアマーリエは、手のひらで瞼を覆った。こんな強硬派な尊重派、見たことがない。抱えられていた体がそっと床に下ろされる。疫神の手が一瞬だけアマーリエの胸元を掠めたが、すぐに体を反転させると、大きな背で庇うように前に立った。
『ディス様は昇天賛成派とお聞きしましたが、どうして邪魔をするんです』
戦神が険しい顔を浮かべ、自身より上背のある疫神を見上げた。フフンと笑った疫神が、何故か自慢げに腕を組む。
『我は強硬派だが、事情あって雛たちの意を汲んだ行動をしている』
『そうですか。俺とリオは尊重派なので、雛たちを天に還そうとしています!』
もう訳が分からない会話だ。強硬派は強硬していないし、尊重派も尊重していない。アンタら派閥逆じゃないですか、と言ってやりたいが、天の神を相手に口には出せない。
『ディス様、邪魔立てなさいますな』
闘神が方天戟を構えた。漆黒をなびかせる美貌に艶麗な嗤笑が浮かぶ。
『ほぅ、我と遊ぶつもりか。それも面白い。寝起きの運動ならば付き合ってやっても良いぞ』
その言葉が終わらぬ内に、戦闘神たちの姿が消えた。高い天井へ跳躍した戦神が疫神の頭上からサーベルを振り下ろす。疫神が神威を帯びた右腕を掲げ、刃を受け止めた。
膠着の間隙に差し込むように、闘神が方天戟を突き出す。疫神は軽く上体を傾けて避け、逆に左手で戟の柄を掴むと、闘神ごと上方に振り上げた。
舌打ちした戦神が湾刀を翻して横へ跳ぶ。獲物もろとも中空に押し上げられた闘神と衝突しそうになったためだ。着地と同時に突進し、疫神の懐に潜り込むようにしながら、中段からの一撃を放った。
闘神は方天戟から手を離し、宙で一回転して体勢を整えると、壁を蹴って疫神へ迫撃する。
うっすら笑った疫神が、奪った方天戟を振るう。戦神の刃を掬い上げるようにして絡め取り、捻るようにして上方へと弾くと、がら空きになった腹に蹴りを叩き込んだ。
『くっ』
戦の神が後ろへ吹っ飛び、その手から離れたサーベルが高々と跳ねる。疫神は方天戟を旋回させ、向かい来る闘神を柄の部分で打ち据えんとする。だが、寸前で獲物から手を離し、己とアマーリエに結界を張った。
半瞬後、方天戟が群青の御稜威を弾けさせ、派手に爆発する。飛散した欠片が神威の弾となり、疫神に殺到するが、薄ら笑いを浮かべた暴れ神の結界は貫通できない。
『残念、防御しましたか』
『あえて奪わせた上で自爆させる。お前のやりそうなことだ』
闘神が呟き、疫神が口端を持ち上げた。方天戟は元々、闘神の神威で創られた物。創生神が自由に制御できる。
闘神が新たに出現させた槍を虚空に舞わせた。疫神が落ちて来たサーベルを掴み取る。残像も残らぬ速度で立て続けに繰り出される穂先を湾曲した刃で受ければ、カンカンカンとリズミカルな音が鳴る。まるで二神で楽器を奏でているようだ。
両者が激しく打ち合う空隙を狙い、神威で新しく剣を創り出した戦神が壁や天井を足場にして鋭角に移動し、側方から疫神に斬り込むが、槍の連撃とまとめていなされる。
『……ふぅ』
不意に、疫神が気怠げに嘆息した。赤く濡れた唇が妙に色っぽい。
『やはりお前たちは温厚すぎる。我の遊び相手としては全く足りんなぁ』
ありがとうございました。