40.窮地の中で
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「戦神様、闘神様?」
『良かった、探したぞー』
『すぐに見付けてやれず、すまなかった』
よっと片手を上げ、友好的に笑いかける戦神。気遣いの目を向けて来る闘神。
「あ……ええと」
背筋が粟立つ。言いようのない胸騒ぎがした。もう誤解は解けたはずなので、心配は要らないはずなのに。脳裏でけたたましく警鐘が鳴り響くのは何故だろうか。
(……どうして武器をお持ちのままなの?)
困惑して佇むアマーリエに、戦神が気さくに笑いかけた。
『若い雛たちがいなくなったと気付いてすぐ、天堂から出て探したんだ。シュナとルファが相対し始めてからちょーっとだけ後だったか。もちろん雛たち全員を助けるつもりだが、優先度が高いのは寿命が多く残っている者だからな』
『だが、中々気配が掴めなかった。棟の中にいることは分かったのだが……主神の誰かが結界を張っていたのだろう』
「えっ……」
その言葉で、全身が総毛立った。無意識に足を一歩引く。
(まさか……誤解が解ける前に天堂を出たの? だったら、まだ勘違いされたままなのでは)
《フ……フレイム、フレイム! ラミルファ様、フロース様!》
念話を発動して呼びかけるが、通じた手応えがない。目の前の二神の力で聖威が妨害されているのだと悟り、もう一歩後ずさる。
『ん? 他の雛たちの気配も読めるようになったな』
闘神が虚空に視線を投げて呟く。もう安全になったと思い、フレイムかラミルファが結界を解いたのだろう。
『おっ、ホントだな。会議室にいるのか。よしよし、すぐ行って楽にしてやろう』
『私も行く。焔神様と骸邪神様が止めるだろうから、こちらも二柱がかりでなくてはな』
「ま、待って下さい!」
アマーリエは泡を食って止める。やはり、皆まだ会議室にいるようだ。フレイムとラミルファは、一件落着したと思って気を抜いているかもしれない。そこに対等な神から渾身の奇襲を食らえば、対応しきれるだろうか。
『ああ心配するな、もちろんお前も還してやるさ!』
『一人だけ置き去りになどしない』
変な思い違いをしたらしい二神が、任せとけと言わんばかりに頷いた。戦神がサーベルを無造作に振る。身を翻して必死に避けると、際どいところを通った刃に髪を何本か持っていかれた。
(け、結界を張っても聖威では無効化されてしまうわ……狼神様の防衛許可はまだ有効なの!? 有効よね、お願い有効であって!)
アマーリエは力を凝らせ、紅葉色の剣を召喚して構えた。一方の闘神は、渋面を作って戦神を睨む。
『何を遊んでいる。無力な雛にかわされるとは何事だ』
『悪い悪い、避けるとは思わなくて手加減しすぎたんだ』
戦神が明るく返した瞬間、アマーリエの手首に衝撃が走り、剣が消えた。シミひとつないクロスが張られた壁にガンと振動が走り、次いでカランと音がする。そちらに目を向ける余裕はないが、弾き飛ばされた獲物がぶつかって落ちた音だろう。
「っ…………!」
抗しても無駄だと、魂で悟った。能力も技量も違いすぎる。新しく剣を召喚しても、刹那で弾かれるだろう。それ以前に、聖威を無効化されて発動自体できないようにされるかもしれない。
全身を硬直させて立ち竦むアマーリエ。その顔面蒼白な面差しと萎縮した体を見た闘神が、再び眉を顰めた。
『雛が怖がっているぞ。震えているではないか。いや、刃を向けられれば身が竦むのも道理だ。レイ、お前がさっさと仕留めないから余計な恐怖を味わわせてしまっている』
『ああなるほど。そういうことだったか。本当は昇天したいのに、どうして避けたり防御するんだろうと思っていたが、怖くて反射的に防衛してしまったんだな! すまんすまん』
どこまでも爽やかに笑い、戦神がサーベルを掌中で回転させる。闘神も方天戟を持ち上げた。
『心配無用だぞー、痛くしないから』
『息の根が止まったことすら気付かない』
「――きっ、聞いて下さい!」
アマーリエは息を吸い込み、上擦った声を発した。
「私の話をお聞き下さい!」
『うん? 雛はお喋りしたいのか。よしよし、天界に還ったらゆっくり聞いてやるからな』
『向こうに行けばいくらでも話せるぞ』
「いえ、そうではなくて! 今! 今聞いて下さい!」
両の拳を握り、全霊で言葉を絞り出す。
「私は、私たち聖威師はまだ地上にいたいと――!」
だが、戦闘神たちは聞き流している様子で互いに目を見交わした。
『早くせねば、残りの雛にまた移動されてしまうぞ』
『ああ、こちらはすぐに終わらせよう』
二神の武器がひょいと掲げられる。戦闘を司る神々にとって、アマーリエなどまともに構えを取るほどの相手ではないのだ。天井に取り付けられた豪奢な霊威灯に、硬質な銀色が反射した。
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