37.油断するのはまだ早い
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はーいと素直に頷いた神々が、名残惜しげに聖威師たちへ手を振り、空間に開いたままの穴からと天へと戻っていく。悄然とした風情のマーカスも、場にいる神々と聖威師たちに礼をしてから、天界へと還っていった。四大高位神も悠然と微笑み、スッと姿を消す。
ゾロゾロと列をなして戻っていく神々を見送ることしばし。やがて大半が還り、場が落ち着いた所で、残っていた者たちが動いた。
『雛たちよ、誠に相すまぬことをした』
深夜の青の髪を翻し、遊運命神が聖威師たちの前に転移する。
『私は雛たちの心に添わぬことを強いようとしておったのだな。返す返すも申し訳ない』
深く頭を下げられ、佳良たちは一斉に膝を付く。
「選ばれし神に頭を下げていただくなど、恐れ多いことにございます」
「誤解が解けたのであれば、私どもから申し上げることは何もございません」
「我々のことを想うがゆえの御行為であられたと理解しております」
「こちらの方こそ、神官府の長として、神官ルリエラと神官シュレッドの愚行を心より謝罪申し上げます」
佳良、オーネリア、当波、ライナスの順で言葉を紡ぎながら、一糸乱れぬ仕草で拝礼する。数十年以上に渡り、神官として聖威師として身を粉にして邁進し続けた者たちの、洗練された所作だ。
『うむ……本当にすまなんだのう。ルファもだ。止めてくれて礼を言う。手数をかけさせてしまった』
『俺に礼なんか要らないよ。シュナの事情を聞いたら納得だ。まさか主任と国王の印があったとはね』
帰りの列には加わらず留まっていたルファリオンが、糸目のまま片手を振った。先ほど見せていた鋭い表情と神威は鳴りを潜め、平素の気弱そうな青年の顔に戻っている。
『でも、どうしてアレクとディスの呼びかけに反応しなかったんだい? 君の神域を叩いて、念話もしていたはずだけど』
瞬間、フロースが瞬きした。何かを探すように周囲に視線を走らせる。遊運命神が答えた。
『就寝中に騒音で起こされたくなかったゆえ、神域内に結界を張っておったのだ。外の音と神の声をもろとも弾くようにしておった。以前眠った時、神域の外で同胞たちが遊び回り、音がうるさかったことがあったのだ』
人間で言えば、自室に鍵をかけて耳栓とアイマスクを付けて爆睡しているような状況だった。
『弾くのは神の声を対象としておったゆえ、人間の神官たちの交信は拾えたのであろう』
同じ理由で、神格を持つアリステルのコンタクトも退けられてしまった。また、遊運命神の従神たちは、主が眠っている間は己の領域に帰っていたため、不在だった。従神たちも神であり、己の領域を持っているのだ。
使役は神域内にいたものの、悪神の使役――生き餌ではない純粋な意味での使役――は、神威で創り出す意思のない形代だ。目覚めまで起こすなと指示すれば、外から門が叩かれていようが関係なく、それを淡々と遵守する。
『半覚醒してからもボーッとしており、結界を解くのを失念しておった』
『緊急念話くらいは繋がるようにしておいて欲しいんだな、頼むから!』
葬邪神が頭を抱えて言った。遊運命神がシュンとして頷く。
『今後はそうしよう。レイとリオにも悪いことをしてしまった』
『……あら?』
鬼神がキョロキョロと周囲を見回した。
『そういえば、戦神様と闘神様はどこ? 遊運命神様と操運命神様の力に見惚れていたところまでは覚えているけれども、もうお還りになられたのかしら?』
『『え?』』
残っていた神々があちこちに顔を向ける。聖威師の主神や近しい神々は、還らずに天堂に残っていた。
『フロース、先ほどから落ち着きがないが、どうした?』
双子の様子を横目に見ていたウェイブが問う。泡の神は困惑気味に返した。
『うん……操運命神様の言葉で、疫神様の御名が出て来て、そう言えばお姿が見えないと気が付いたんだ。どこに行かれたんだろう』
それを聞き、葬邪神とブレイズが顔色を変えた。
『しまった。四大高位神様がいらした時、アイツから目を離してしまった。……確かにここにはいないな』
『待ってアレク、おかしいわ。気配を探ったけれど、天界にも戻っていないみたいよ。ディスだけじゃないわ。レイとリオも天に還っていない』
天堂の空気が凍り付く。彼らは一体いつからいなくなっていたのか。そして今どこにいるのか。
『まさか――』
戦慄が場を駆け抜け、誰かがポツリと呟いた。
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