36.盲信が極まった果て
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『まぎれもない犯罪行為であり、天地を欺く愚行です。しかし当人たちからしてみれば、悪意なく本気で、心の底から、敬愛する存在のためになると信じて動いたのでしょう』
どこまでも強く深く真っ直ぐに、そして盲信的に、神々や主任のためを想って行動した。少なくとも、本人たちの意識下においては。その果てが現在の状況だ。
『……ふぅむ。ブレイ、過去視をしてみるか』
『もうしているわ、アレク。マーカスの推測が大当たりよ』
ブレイズが絶世の美貌を顰めて返した。ここにはいない犯人たちを弾劾するように、細い項を横に振っている。
『過去を視てみたら、今話していた内容がそのまま正解だったわ』
やはりそうだったかと、マーカスが再度胃を抑えた。悔恨の光を湛えた目で佳良たちを見る。
『申し訳ありません、聖威師様。朧にでも兆候を察知していた私が、もっと的確に動いていれば……』
『マーカスのせいではないわ。あなたは自分の変化に付いていくことで手一杯だったでしょう』
ブレイズがすぐさま取りなした。ルリエラとシュレッドの件を、主任と大精霊に伝えて留意を願い出る。その時のマーカスにできることは、それくらいだった。当時の彼は、まだ一神官でしかなかったからだ。
加えて、エイリスト王城の火災から天界の書を守ったことで、知恵の神や高位神から幾度も賞賛の言葉を賜わり、下賜品なども授かっていたため、それらに対する返礼の用意などでてんてこ舞いだった。
その後、神格を得て聖威師となり、絶大な権限を得たものの、自身の寿命がまもなく尽きることから、仕事の引き継ぎや家の整理に追われていた。
そして昇天してから現在までは、天界における神としての暮らしに慣れるので精一杯だった。マーカスは神使から特別抜擢されて神に成った身だ。寵を受けたわけではないため、主神を持たない。同胞を愛する神々がせっせと面倒を見てくれるとはいえ、愛し子に付きっ切りで手取り足取りサポートしてくれる主神がいないのは大きなハンデだ。
そして、それらのことは佳良たちも承知している。
「ええ。主任神官と大精霊に報告し、対応を願い出た時点で、十分に対処して下さっておりました」
当波がにこやかに言った。黙然とやり取りに耳を傾けていた魔神が、厳しい顔付きになって言う。
『誰ぞある。すぐに神官府に託宣を下ろすのじゃ。主任神官と大精霊、それに帝国国王にも本件について報せ、神官二名を適切に処するよう伝えよ』
『はい、我が主』
数柱の神々が恭しい仕草で即応し、一柱がふっと姿を消した。魔神の従神たちである。
『大精霊様にも責が及んでしまうとは……私はあの方に多大なご恩ができた身だというのに』
マーカスが痛みを孕んだ顔で呻いた。彼が知恵の神から神格を得る際には、大精霊も全面的に後押しをしてくれたのだ。
『ルリエラとシュレッドも、私が立ち回りをもっと上手くしていれば踏みとどまれたかもしれない』
自責の念にかられたように呟くが、マーカスも自身のことでいっぱいいっぱいの状態だった。今となってはどうにもしようがない。
『さーて、此方はもう一働きするのじゃ。外に出た雛たちに念話し、もう大丈夫だと連絡しておくのじゃ〜』
すっかり聖威師たちの味方に付いた魔神が、ルンルンと相好を崩す。瞼を閉じたままの時空神が微笑んだ。
『それは助かる。こうなった事情も説明してやってくれないか。焔神様と末の邪神様が付いているから、彼らにも』
『了解なのじゃ!』
魔神がさっそく念話を開始した。程なくして、よーしと美顔を綻ばせる。
『念話は完了じゃ。こちら側で分かった経緯を雛たちに一瞬で転送したから、すぐに終わったぞ。あの子たちはその内ここへ戻って来るだろうて。これで安心、安心』
『すまんな、礼を言うぞ。やれやれ、何とか落着しそうだなぁ。一時はどうなることかと思ったが』
肩を竦めた葬邪神が苦笑いする。その横で、ブレイズがぐるりと場を見渡して号令をかけた。
『さあ皆、天界に還るわよ。今後は聖威師を襲ったり、力ずくで昇天させようとしては駄目。話し合いなり神会議に諮るなり、穏便な手段を取ってちょうだい』
ありがとうございました。