32.何故信用したか
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沈黙が流れた。目を点にした葬邪神が聞き返す。
『はぁ?』
『天の神々のいずれかに届いて欲しいと、特に対象の神を指定せずに交信を試みた神官の霊威を、ちょうど私が受け取ったのだ。それで対話したところ、お可哀想な聖威師たちを助けて差し上げて下さいと直訴された』
――お言葉の上では、寿命が尽きるまでは池上にいたいと仰っておいでですが、本当はお辛くてお辛くて堪らないようなのです
――主神様も愛し子の意思を無視できずに合わせていらっしゃるものの、皆様いつも泣いておられます。天の神よ、どうか聖威師様と主神様をお救い下さい
大雑把に言えばそのような感じの奏上だったらしい。
『だから、是が非でも助けねばと思うて』
『お、おぉいちょっと待て。たかだか神官一人が言っただけの言葉を、真偽の検証もせず丸ごと鵜呑みにしたとか言わんよな?』
『そんなわけあるか! いくら寝ぼけ気味だと言うても、そこまでの大ポカはせぬわ! 先ほど言ったであろう、大問題だと。その神官はな、自身の証言が間違いなく事実であることを宣誓する書状を転送して来たのだ。そこには帝国中央本府の主任神官の印章と、帝国の国王の御璽が押されておった!』
息を潜めて遊運命神の言葉に耳を傾けていた神々が唖然とした。ブレイズと葬邪神すら言葉を失い、四大高位神が片眉を上げる。
『我が神威で視たところ、印は双方とも本物であった。つまり、主任神官と国王が公式に認めておる証言ということだ。ゆえ、ストレートに信じたのだ。わざわざその上から、さらに神威で真偽を見通そうとは思わぬ』
神と人の間を取り持つ天威師と聖威師は、神だ。人の皮を被って擬人化しているものの、その本性は紛う方なき神。
ならば彼らを除き、真の意味で人間でありながら神に最も近しい存在は誰か。これに該当するのが、中央本府の主任神官と副主任神官、そして帝国と皇国の国王及び王族たちだ。主任と国王は特に別格である。
人間の神官、つまり霊威師の中で頂点に立ち、人間側から神官府を取りまとめる中央本府の主任神官。
天威師と同じ血筋の生まれであり、庶子とはいえ皇帝家に所属し、地上世界を統べる帝国と皇国の王。
両者は神々の基準においても、普通の人間とは一線を画した特別な者として認識されている。彼らの正印がそろって押されている奏上であれば、むろん内容や状況にもよるが、基本的には疑義を挟むことなくそのまま受理される。あらゆる手段を用いて、十二分な調査や検証を行ってから奏上されているはずだからだ。
遊運命神が眠りに付いた時期は、戦神と闘神よりも遅い。帝国と皇国が創建されてしばらく経った後だ。当然、 上記の指針についても知っていた。
『中央の主任と世界王の印が両方あるのなら、確かにシュナの言う通りだわ』
『それだったら、俺も差し出された内容をダイレクトに受け取るなぁ』
ブレイズが唸り、葬邪神も顎に手を当てた。主任神官と世界王の意向には、それだけの重みがあるのだ。遊運命神が虚空から一枚の紙を取り出し、二神に放る。
『ほれ、その書状だ。確認してみよ』
神々の眼が動き、上質な用紙を注視した。
『ええ、本物の印章と御璽ね』
『本当だな。中央の主任と世界王の印だ』
『これは間違いありませんなぁ』
『私も確認した。偽造ではない』
ブレイズと葬邪神に加え、横から覗き込んだ狼神と時空神も頷く。遊運命神が当惑気味に長髪をかき上げた。驚きで完全に覚醒したらしく、すっかりお目々パッチリになっている。
『幾度もしつこいが、これは大問題であるぞ。中央本府の主任神官と帝国王が、人間の代表である者たちが、そろいもそろって嘘の証言を公認し、神を謀ったということか?』
そのような愚行をする主任神官と国王など、前代未聞だ。
前者は人類で最強級の霊威を有し、四大高位神の使役として神格を得る未来がほぼ確約されている。後者は皇帝家に生まれ、幼少期は天威師と共に育ち、皇帝たちから目をかけられる稀少な人間である。
そんな彼らが、神に対して浅慮な振る舞いに出ることなど有り得なかった。少なくとも今までは。
天堂の空気が硬質さを増した。人間嫌いの神々が険相を滲ませる。聖威師たちが血の気を失くし、何か知っているかと目と目で会話するも、情報を持っている者はいない。
消え入りそうな声が緊迫の場に揺蕩ったのは、その時だった。
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