28.怖がりな大神官
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アマーリエは遠慮がちに聞いた。視線を向けたのは、テーブルの隅でガッフガッフと菓子をがっついている、巨大な鳥。全身が紅色に光っている。説明してくれたのは当真だった。
「これは皇国の初代皇帝がお創りになられた神器だよ。天威師方の間では、始まりの神器と呼ばれている。聖威師が滞留書の更新を必須とするように、天威師方が地上に留まるためにはこの神器が不可欠なんだ」
隣り合って座るクレイスと秀峰が首肯する。
「そうそう。超端折って言えばさー、人間と地上を守りたいっていう思いを始まりの神器に注ぎ込んで光らせ続けないと、天威師は強制昇天になるんだよぉ。お祖父様たちの小競り合いでコレに万一があったら困るから、一緒に連れて来た」
「今より22年ほど前……もうすぐ23年になるか。この神器が劣化し、機能停止寸前になった。それを復活させたのが紅日皇后日香だ」
始まりの神器の創成神である皇祖緋日皇と酷似した気質を持つ日香だけが、この鳥を復活させることができたそうだ。
「では、すごい神器なのですね」
アマーリエの感嘆が聞こえたか、菓子の食べカスを嘴にくっ付けた巨大鳥が得意げな顔で、『グケッ。ピーヒッヒッヒッヒ!』と反っくり返る。だが、秀峰が冷静な顔で言った。
「いや、日香の力を多分に注いで復元した時点で、皇祖より日香の成分が多くなった。それで今はこのザマだ。こんなモノ、日香二号で十分だ」
『ンギャギャッ!?』
「何だ、何か文句があるのか?」
『……ピ、ピィ……』
ジト目で睨まれた紅色の鳥はずんぐりした体躯を縮め、翼で顔面を覆って首を横に振った。だが、すぐにケロリとして、また菓子を食べ始める。フルードが懐かしげに呟いた。
「あの出来事が発端となり、私はこの世界を守りたいと思うようになったのです。私にとって大きな転換期になった年でした」
「そうであったな。最初はあれほど怖がりであったそなたが、ここまで……本当によく頑張った」
「フルードが聖威師になってもうそんなに経つんだねぇ。うんうん、マジで偉いと思うよぉ。君は変わっていないけど変わった。優しくて大人しいまま、強く大きくなった」
頷く皇帝たちに、かつてのフルードをよく知るフレイムとラミルファが相の手を入れた。
「セインは暗い所も高い所も超速移動もデカい音も全部駄目っすからね」
「怖い顔をした者と向き合うことや、戦意や闘気などを帯びた刺々しい空気も苦手ですよ」
アシュトンと当真、恵奈が何度も首を縦に振って同意している。アリステルにランドルフとルルアージュ、祐奈と当利も知っているのか、表情を崩さない。一方、アマーリエとリーリアは驚きを滲ませた。
「まあ、そうだったんですの」
「私がお会いした時は、既に今のフルード様でしたから」
フレイムとラミルファが挙げたものが苦手ならば、聖威師としての務めは相当辛いのではないだろうか。轟音が鳴り響き殺気と威圧が満ちる闇夜や天空を高速で駆け巡り、怒れる神や荒れ狂う神器と対峙することが仕事なのだから。
当のフルードは、表向きは平然とした笑顔を保ってカップを傾けた。
「苦手でも駄目でも、神官として在りたいならば避けて通るわけにはいきません」
例えそれが、凄まじい恐怖と痛みを伴う苦行であろうとも。
声には出さなかった続きが聴こえて来るようだった。
「克服できずとも、臆さないようにすることはできます。相対しても気圧されないよう、自身を徹底的に鍛え上げるしかないのです」
その言葉は、彼が数多持つ不得手なものが、現在でも変わらず苦手であることを示していた。
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