20.戦闘神に悪気はない
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『『「「違う! 違うっ!!」」』』
アマーリエたちが声を合わせてツッコんだ。だが、戦闘神は聞いていない。おーい、待て待てちょっとー、と手を振って何度も呼びかけるフレイムにも気付かず、目を潤ませて自分たちの世界に浸っている。
『主神たちもその想いを無下にできなくて、紅涙を絞る思いで聖威師たちの言い分に合わせてるんだってな……何て健気なんだ』
『とても辛い状況に違いない。早く助けてやらねば。私たちの手で憐れな雛たちを救うのだ』
顔を見合わせてウンウンと肯き合う二神を指差し、クワッと目を見開いたフレイムが叫ぶ。
『駄目だコイツら全然聞いてねえぞ!』
『やれやれ、魔神様といい疫神様といい、太古の神は妄想が極端という法則でもあるのかい』
『思い込んだら一直線なのかな。まあ、主神が断腸の思いで愛し子に合わせてるってのは、私には当てはまっているけど』
ラミルファとフロースも額に手を当てて言う。当波も小声で告げた。
「私に限定して言えば、二神様の言い分は誤りではありません。ですが、全ての聖威師がそうであると思い込んでいらっしゃるようなので、明らかに間違っておられます」
神に見初められるのが早く、人間として生きた記憶がない当波は、人や地上への愛着を持たない。早く天に還りたがっており、滞留している理由は義務感だけだ。
……と、彼自身は言っているが、本当にそうだろうかとアマーリエは思っている。現役の皇国大神官かつ唯全家の当主であった頃ならともかく、今の当波は既に息子にそれらの立場を譲っている。しかも、さらに次の代まで盤石なのだ。いくら義務感が強かろうと、もう立派に務めを果たし終え、還ろうと思えば還れる状況になっている。それでも、まだ人の世に残っている。
さらに、彼は災害からの復興活動の後援に力を入れている。寄付金や支援物資に手書きで励ましの長文を添えたり、不特定多数から無作為で選ばれた避難所に、直筆で被災者の安否を思いやる手紙を出したこともあると聞く。
本当に100%義務感だけで残っていたならば、そんなことをするだろうか。一般神官に代筆させるなり、あらかじめメッセージが書かれた既製品のカードに一言走り書きするだけで事足りるはずだ。
地上にも人にも愛着がない。それ自体は嘘ではないにしても、『全く』『欠片も』思い入れがないかと言えば違うのではないか。彼は彼なりに何か抱くものはあるのではないか。言葉には出さないが、アマーリエは密かにそう感じている。
『可愛い同胞たちよ、今助けてやるからな! 知覚する間もなく首と胴を両断してやるから、皆で一緒に天へ還ろう!』
妄想と思い込みと勘違いで虚構の事実を塗り固めた戦神が、目元に滲んだ涙を拭って晴れやかな顔で笑う。聖威師たちが首を抑えてぎょぎょっと仰け反った。
『焔神様、邪神様、止めないと!』
『おう! ちょっとアンタら――』
フロースがフレイムとラミルファの袖を引く。仁王立ちしたフレイムが、ビシッと人差し指を突き付けて言上を放とうとするが、闘神の方が早かった。
『シュナも泣いておったぞ。雛たちが憐れだと』
『まずこっちの話を聞き――は?』
『シュナとは遊運命神様ですか?』
言葉を止めたフレイムの横で、ラミルファが眉宇を顰めた。
『うむ。我らもシュナから聞いたのだ。雛たちが不本意な状況を強いられて苦しんでいると。救おうと思い、特に寿命がたくさん残っている若い聖威師から昇天させてやろうとしたが、主神たちに阻止されたと話していた。きっと愛し子のために涙を呑んでいるのだろうと……』
『いや待って下さい、そんな話いつしたんですか!? 遊運命神様は目覚めてから領域を出てないんですよね!?』
『夢でだよ、焔神様。シュナはまだ半覚醒状態で、何割か夢の中にいる。そして、覚醒寸前であった我らも夢を見ていた。その際、偶然にも神威の波長が重なったようでな、三神の夢が繋がったのだ』
平然と告げる闘神に、戦神もそうだそうだと大きく首肯する。
『シュナから事の次第を聞いた俺たちは、この手で雛たちを救い出してやろうと思ったわけだ。起きてすぐ、天界の同胞からも聖威師という存在のことを簡単に聞き、本当は還りたいのに我慢して地上に残りたいと言い張るとは、何と殊勝な雛たちなのかと……』
『待て待て待て! 本当は還りたいのに我慢しての部分、どっから生えて来たんすか!?』
『『シュナからそう聞いた』』
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