19.フロースはもう怖がらない
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『まーまー、そんな警戒しないでくれって』
蘇芳色の中から顕れたのは、マリーゴールドのような鮮やかなオレンジ色の短髪を持つ神だ。前髪を右半分だけ上げ、左半分は下ろしている。パッチリとした丸い瞳は綺麗なオリーブ色。手には刃が湾曲したサーベルを持っている。
『貴殿らは焔神様と邪神様、泡神様とお見受けする』
パタパタ手を振る短髪の神に続いて言ったのは、群青の光から出て来た神だ。ターコイズブルーの髪は鎖骨ほどまであり、少しだけつり上がった目はくすんだ黄色――金糸雀色をしている。掌中に携えるのは長大な方天戟。
二柱の神は、いずれも年若い風貌だった。外見だけ見れば、アマーリエやリーリアと同じくらいの10代後半。天の存在に相応しい美貌に、少年の面影を残した青年のような瑞々しさが乗っている。
『ご拝察の通りです。しかし、僕は顕現より間もない若輩者ですので、あなた方の御名を存じません』
小首を傾げたラミルファが可愛らしく笑う。誰だよお前ら、と暗に聞いているのだ。灰緑色の双眸が眼前の相手に注がれた。フレイムの山吹色と、フロースの灰白色も。顕れた二柱の神格を読んでいる。間を置かず、三対の目が微かに見開かれた。
だが、相手の方が早かった。短髪の神が頭をかいて会釈する。
『これは失敬。俺は戦神レイオン。で、こっちは闘神リオネス。ずーっと過去に顕現して、かなーり昔から寝てて、ちょーっと前にようやく起きたトコなんだ』
『こうして新しき雛たちに見えられたこと、幸甚の至り』
「っ…………!」
ようやく目が回復して来たアマーリエは、視界を瞳で見るものに戻しながら、口元に手を当てた。時空神から聞いたばかりの神が、ここで出て来るとは。
聖威師たちが一斉に膝を付き、天の神に敬意を示す。フレイムたちは目礼したものの、気を緩めない。戦闘神が、それも生来の荒神が抜き身の獲物を引っ下げたままでいるのに、能天気に挨拶などできるはずがない。
『神格を拝見しましたが、そうみたいっすね。……あなたたちのことは時空神様から聞きました。つっても少しだけですけど』
『おぉっ、ナイスタイミングじゃん!』
『エスティとも早く見えたいものだ』
パチンと指を鳴らす戦神と、思いを馳せるように呟く闘神。時空神を愛称で呼び捨てにするあたり、この二神も太古神かそれに準ずる古き神なのだろう。
『あなたたちは聖威師の意向を尊重すると聞いていました。なのに、何故このような行いをなさるのです?』
問いかけたのはフロースだ。その声はさざ波のように細く静かだが、怯えはない。初対面の神たちを前にしても、逃げも隠れもしていない。少し前までは自身の領域から出ることすら少なかった泡の神は、この一年に満たない期間で変わったのだ。何より大切な愛し子を得たことで。
『もちろん尊重するさ! だから雛たちを助けに来たんだよ!』
『もう安心だ。すぐ天に還してやるからな』
(な……何を言っているの?)
戦神が破顔し、闘神が目を細めた。返答になっていない応えを大真面目に投げ返す二神に、アマーリエは目を白黒させた。こちらの意思を代表し、ラミルファが口を開いてくれる。
『この子たちは自らの意思で地上に留まっているのです。恐れながら、何か誤解があるようですが』
『ああいや、みなまで言うな』
『そちらの事情は聞いているぞ』
戦神がサーベルを持っていない方の手を前に出して邪神の言を止めた。闘神もしみじみとした口調で言う。両神とも、思いやりと労わりに満ちた目をしていた。
『聖威師の雛たちは皆、本当は天に還りたいと渇望している。だが元人間である以上、寿命が来るまでは地上にいて人間を守らなくてはという使命感が捨てられない。それで心を曲げて泣く泣く残っているそうだな。可哀想に』
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