17.神も聖威師も飲む
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「はぁ……」
邪神うんたらではなくただ神威を使っているだけですよね、とは言えない。時空神が微笑ましげにラミルファを眺めた。
「末の邪神様はとても楽しそうだ。こんな表情はあまり見ない。皆と打ち解けているのだね。そうだ、アレクも言っていた。可愛い末弟がのびのびしているようだと。とても喜んでいたよ」
その言葉に、アマーリエはハッとする。思い返してみれば、最初の頃の邪神は、口調も態度ももう少し改まったものだった。それが、従者ごっこをしたり様々な騒動を共に経験していく内に、気が付けば随分と砕けた話し方と物腰になっていた。
「宝玉と一緒で常にハッピーってのもあるでしょうよ。地上にいるのだって、外国にある観光地に長期で遊びに行ってるみたいな感じではっちゃけてるんですよ」
穴から出て来たフレイムがジト目で言った。周囲には皿を何枚も浮かせている。皿の上には、湯気の立つ卵料理が乗っていた。聖威師たちが歓声を上げる。
どこからかポットとカップを取り出し、ティーバッグに湯を注いでるラミルファが飄々と返す。
「君だってルンルンじゃないか。アマーリエと一緒にいる時のデレた顔ときたら。僕には向けてくれたことがないよ」
「当たり前だわ、何でお前にデレデレしなきゃなんねーんだよ!」
皿を配膳したフレイムがツッコんだ。だが、邪神は取り合わずあっさり対象を広げた。
「それに、僕たちだけではなく泡神様だってはしゃいでいるだろう」
「えっ!?」
我関せずでいたフロースが、突然降りかかって来た火の粉に目を見開く。
「ほんの少し前まで、引き篭もりの閉じこもりだったのが嘘のようだよ。僕たちとの飲み会ではへべれけになって色々と……」
「あああああああ」
泡の神が大慌てで邪神の口を塞いだ。
「じゃ、邪神様それ以上は駄目だ!」
「何故だい、少しくらい話したっていいじゃないか」
「駄目駄目駄目、まだ続けるなら口に泡突っ込むから!」
「バブルギャグか。それは嫌だな。だが酔っ払った泡神様は可愛いかったよ。フレイムはひたすらウザいだけだったがね」
「何だとこんにゃろ!」
三神がわちゃわちゃと揉み合いを始めた時、高らかな声が弾けた。皆が見ると、時空神が上体をテーブルに突っ伏して笑っている。
(時空神様)
アマーリエは驚いた。太古の神々はどこか達観しており、掴み所がない。対峙すると、フレイムたち若い神にはない重厚感と緊張感を抱かせる。だが、その古き神でもこんな風に笑うのか。
「これは……中々面白い物を見た」
やがて、ほっそりした指で目尻を拭った時空神が体を起こした。笑みの残滓を湛えた双眸が、底無しの慈愛を宿して若き神々を見遣る。
「雛たちよ、この一時を大事にするのだ。私たちは生命を超越した存在として、終わりない悠遠を在る。だが、どれだけ永い時を隔てても、光年の彼方に流れ去った出来事でも、幸せだった事は覚えているのだよ」
白濁した両の眼に、一瞬だけ宙の星と時計盤が瞬いた。
「その記憶は雛たちにとって揺るぎなき宝となろう。果て遠き記憶の残像となったとて変わらず」
「時空神様にもそういう思い出があるのですか?」
ラミルファが聞いた。フレイムとフロースも大先達をじっと見ている。時空の神は答えず、感情の読めない――読ませない面で、口の端を持ち上げる。
「それは秘密だ、邪神の雛」
「ふぅん、そうですか。何かおありなら、いつかお聞かせ願いたいです」
「そうだな、いつか」
ラミルファを始め、若神たちは深追いしない。神々の会話を聞きながら、リーリアが呟いた。
「……フロース様たちって、飲み会をされているんですのね」
「そ、そうね」
実はアマーリエは、金木犀の茶会の際、ラミルファとの念話で知っていたのだが、それは言わないでおく。
「私たちの主神方も、天界で宴を開かれているかもしれませんね」
「何をお話しなのでしょうか」
オーネリアとルルアージュが小さな声で言った。
「それはあれだ……近況報告とかだろう、きっと」
「他愛ないお喋りをなさってるんだよー」
アリステルとランドルフが無難な言葉を口にする。だが、皆があえてスルーしようとしていた回答を、ライナスがあっさりぶち込んだ。
「私たちの惚気では?」
「父上、ちょっと黙って下さい」
アシュトンがライナスを小突く。父娘で隣に座っていたのだ。だが、前大神官は止まらない。
「だが、私たちの方だって話しているだろう。この前集まった酒席では、惚気本にすらかけない濃厚な珠玉のエピソードを一人ずつ自慢して――」
「「きゃあああああっ!」」
時空神すら含めた神々が固まる中、アマーリエとリーリアは悲鳴を上げてライナスを遮った。主神が同じ部屋にいるのに冗談ではない。
「いけませんお義父様、それより先は駄目です。ここで言う、駄目、絶対」
何故か疫神的な喋り方になって制止するフルードは、笑顔のまま手に持ったカトラリーを小さく震わせている。内心ではかなり動揺しているらしい。彼は狼神だけでなくラミルファやフレイムのこともノリノリで語っていた。
というか、同じく主神が側にいるライナスが平然と暴露しようとしているのが恐ろしい。空気が読めないにもほどがある。
「あっちもやってるのか、飲み会……」
「そのようだ」
「惚気本とは何だろうね?」
「あれじゃねえか、聖威師の極厚マニュアル」
神々がヒソヒソと話している。アマーリエたちは全員で聞こえないフリをして食事を口に詰め込んだ。何を言い出すか分からないライナスは、アシュトンが足を踏んで阻止している。
「さあ、早く食べて佳良様たちと合流しましょう」
「そうですね、ゆっくりしている時間はないのですから」
オーネリアとフルードが会話する。今の一連の流れはなかったことにするらしい。それに乗じてシレッと話を合わせながら、アマーリエは緩みそうになる口に力を入れて堪えていた。何だかんだで楽しいのだ。
この日常がいつまでも続いて欲しい。そんな気持ちでいっぱいだった。
ありがとうございました。